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「韓国市民運動家のまなざし」出版記念フォーラム    2003.11.22

韓国と日本の市民運動

朴 元淳(パク・ウォンスン)「美しい財団」理事

 朴元淳(パクウォンスン)氏は、3年前に来日し、3ヶ月をかけて全国の市民運動団体を訪れた。今回は、その出会いの記録である『韓国市民運動家のまなざし―日本社会の希望を求めて―』の出版記念フォーラムから、基調講演の抄録である。

<基調講演>

 3年前、私が初めて日本に来たときは、知っている人もいないし、日本語も全くできませんでした。東京にいるときは通訳をお願いできましたが、地方ではそうも行かず、私自身が日本語を話さなければなりませんでした。一所懸命勉強して、最後には日本語で講演するほどになりました。私の3ヶ月の旅行で、すばらしい人たちに出会い、今あることがとてもうれしいです。そして、旅の結論は、日本にもたくさんの「変わり者」がいるということ。今日、3連休にもかかわらず、参席したみなさんもまた、みな変わり者ではないかと思います。

 当初、私は日本の皆さんのために執筆するつもりはなく、韓国の市民社会に関心をもつ方たちに、日本の市民運動あるいは市民社会から学べるものは何か、それを紹介することを目的に書き始めました。

 韓国で、走馬看山という漢字がありますが、日本での3ヶ月は、まさにそのような、走る馬の上で日本の市民社会の姿を見ていくようでした。

 いま横田先生がいらっしゃる参加型システム研究所に、「参加型」という名前が入りますが、私が設立に携わった参与連帯も、参加型と同じ意味をもつ言葉が入っています。韓国の新しい大統領、盧武鉉(ノ・ムヒョン)がやっている政府も、参加型政府であるといっていますが、これに一言申すなら、横田先生と朴元淳に対して「参加型」を使う許可ををとったほうがいいと思います。 2000年度を振り返ると、4月に落選運動が起こり、その9月に日本に来ました。私は、できる限り多くの市民運動に携わる方々、多種多様なテーマをもって活動する方々と会いたいという希望をもっていました。

そこで、まずやらなければならなかったことは、本屋に行って市民運動に関連する本を全部購入し、調査する作業でした。その当時、私が泊まっていた国際文化会館の部屋は6畳の部屋でしたが、部屋の中に日本の市民運動に関連する本が200冊以上ありまして、同行者の方から「朴さんの図書館」と言われるほどでした。

 私が切実に感じたのは、日本にさまざまな種類の市民運動グループがある反面、全国的な市民運動のネットワークが、どれほど貧弱であるかとういことです。参考に申し上げますと、韓国では「市民社会団体連帯会議」というグループがあって、現在、全国380以上の市民運動グループが加入しています。

 韓国の市民運動家たちは、自分の私生活を犠牲にしながら公益活動に従事していますが、日本でも、そのような方たちが多くいらっしゃることが、私の大きな慰めであり、励みとなりました。

◆中央政府をターゲットにする韓国の市民運動

 最近、韓国を訪れた方たちに韓国の市民運動の感想を求めると、活気あるいは活性化という言葉で表す方が大半です。おそらく、若い常勤スタッフが大きな事務所の中で働いている姿や、また、中央政府に対して大きな政治的な圧力を加えることができるような団体が少なからずあることから、「活気」という言葉が浮ぶのでしょう。

 私が携わっていた参与連帯も、15代国会のとき、78の立法原案を国会に出し、その中で半分以上が立法化できるような成果を挙げました。例えば、150条にもなる長い内容の政治腐敗防止法や、韓国でもっとも深刻な問題のひとつであった国民基礎生活年金法案がこれにあたります。

 また、財閥の改革にも大きな成果を挙げています。参与連帯では、小額株主運動をやりました。例えば3年前、サムソンという韓国でもっとも大きいグループの李健照会長を含めた幹部に対して、150億ウォンの訴訟をやりまして、ちょうど3日前に勝ちました。

 私がここまでに紹介した例だけをみると、参与連帯という団体は、政党以上の役割を果たす団体ではないか、という感想をもたれるのではないかと思います。

 なぜ、このような運動を市民運動グループが成し遂げられるのか簡単に申し上げますと、ひとつは、韓国社会があまりにも中央集権的で、市民運動グループが運動を展開していくうえでは、中央政府をターゲットにした運動がもっとも効果的であるということです。ふたつめは、独裁政権時代からの抵抗の伝統というのがありまして、その伝統に基づいて市民運動グループがずい分まとめられてきたということです。これが、韓国の市民運動グループが中央政府に対して大きな影響力を与えている理由だと思います。

 それら韓国の市民運動グループのイメージを言葉で表すなら、「戦闘的」という言葉でしょう。例えば、実際、落選運動というものは不法的な運動であるといわれていながら、その運動は好意的に展開されました。実際、私も刑務所に行くような立場でした。もっともその当時、私はむしろ刑務所に行って休息の時を持ちたいと思っていました。入るとしたら空気もよく、酒が厳禁のソウル拘置所。そこでゆっくり本を読む時間をもちたかったんですが、残念ながら刑務所に行くことはかないませんでした。(笑い)

 韓国の運動が戦闘的で、かつとても活気があるという話をしましたが、時代的にみれば、80年代と90年代に大学に通っていた若い人たちが社会に出始め、市民運動グループのほうに人材が流れるという社会的な現象がありまして、さらに市民運動が元気になっていくようなことがあったと思います。

◆地域社会を中心として発展する日本の市民運動

 これらと比べて日本の市民運動の特徴をいうなら、韓国の政治社会より地方自治が発展しているということです。また、地域社会を中心としている市民運動が発展しているということだと思います。

 実際に日本全国を回るうちに、日本の場合、60年70年の安保世代の中で、地域社会に自分の居場所を移し、以来ずっと地域社会で運動を広め成長させてきた運動家が少なからずいるということがわかりました。おそらく横田先生も、60年代や70年代の社会の影響を相当に受けた方ではないかと思います。

 私はこの本の中で、落選運動より代理人運動というものが、もっと優れたものであると断言しています。それに関して申し上げると、例えば落選運動では、2000年当時、落選候補として指摘された議員の70%以上が落選するような大きな成果を上げました。しかし、その一方、実際に政治制度がどれほど改革されたのかといえば、大きな成果は上げられなかった。そして、落ちた政治家たちが再び国会に復帰したことを考えると、やはり落選運動の限界を言わざるを得ないと思います。

 これに対して代理人運動は、地方政府と地方議会がターゲットになると思います。前回の統一地方選挙では、NETの皆さんが苦労したというニュースも聞きましたが、地方議会または地方行政を変えていくための運動を根気強く続けていくことは、大変重要だと思います。さらには、もっと代理人運動が影響力を発揮して、中央政府に対しても影響力を与えることができるような運動に発展していけばという希望を、私はもっております。

 最近、韓国においても、中央政府に対する運動は、限界をもたざるを得ないという反省が起こりまして、だんだん地域社会にいきましょうというような流れが形成されはじめております。つまり、こういった地方議会、または地方行政を同時に変えていかないかぎり、中央政府における改革も、まともにやり遂げることはできないという観念が生まれるからではないかと思います。

◆WEショップと「美しい店」

 きのう、私はWEショップをいくつか見て回りました。私が現在展開している「美しい店」と、WE21のショップを比較してみると、韓国と日本の市民運動の違いがみえるのではないかと思います。例えばWEショップをみると、場所が狭いとか、陳列がそれほど洗練されていないとか、アマチュアのにおいが強いというようなことを感じることがあります。しかしながら、WEショップは基本的に主婦たちが持続力をもってやっている。単発的なボランティアで終わるような運動ではなく、それぞれに自主的な精神が根幹にあって、WEショップを支えていることが、この運動の大きな強みではないかと思います。

 WEショップは、場所が狭いとか、アマチュアのにおいがするという表現をしましたが、実際「美しい店」の場合は、店舗も大きいし、出来高をみても大きな規模になっています。しかしながら、そこに参加するボランティアの中身をみると、これは企画者サイドの動員性が強く、持続性をもったボランティアによって運営されていないのです。これが、WEショップと「美しい店」の大きな差ではないかと考えます。

 私は、これを本の中でこう表現しました。軍隊にたとえて申し訳ないのですが、日本の市民運動は、地域社会から少しずつ社会の改革を成し遂げていくような陸軍型である。それに比べて韓国の市民運動は、ある重要なターゲットを決めて集中爆撃をしていくような、空軍型である、と。

 私は、日本と韓国の市民運動は、互いに学びあうところが多くあるのではないかと思います。韓国からいいますと、地域社会から市民運動を展開していくためのノウハウを多く学ぶ必要があると思います。私自身韓国に戻ってからは、日常生活の中で市民運動を展開することを模索したいと考え、2年前に参与連帯の事務総長を辞めました。そして、「美しい財団」また「美しい店」の市民運動に積極的に関与しています。現在、日常生活の中で分け合う寄付文化をつくることを積極的にしておりまして、例えば美しい財団の場合、去年は26億ウォンの寄付を、今年はすでに10月下旬で100億ウォン、日本円で10億円の寄付金をもらうことができました。その中身を簡単に紹介しますと、「1%運動」があります。自分の収入などから1%を寄付するという運動です。この運動に参加しているメンバーは8000人、16億ウォン(1億6000万円)をいただいております。そして、もうひとつの運動は、「分け合う店」という運動で、食堂や居酒屋などの店が、収益の1%を寄付するという運動です。現在700の店から寄付をいただいております。

 最近、ある企業の会長から50億ウォン(5億円)の寄付をいただき、シングルマザーを自立させていくための基金にしたいと考えています。シングルマザーたちが創業するときには、ワーカーズ・コレクティブの方式を取り入れて、この基金から支援していくような計画を立てています。これから、さらに生活クラブ神奈川から、ワーカーズコレクティブを学びたいと考えております。

 参加型研究所とか参与連帯という団体の名前に象徴されるように、市民の参画あるいは参加がないところに、社会の全体的な変化はありえないというのが、ひとつの結論です。政治家たちは権力にこだわらざるを得ない存在であるし、また企業は、利益を追求する存在です。だからこそ、一般市民とそれを代表する市民運動グループが、社会の全体的な変化の原動力となり、改革をやっていく勢力にならなくてはいけない。日韓両国の運動の条件、あるいは目標という点において、相違はあるかもしれないけれど、市民の参加なしには社会全体の変化というのはあり得ない。これは普遍性をもっている真理だと考えております。

 最近の日本社会で、東京都知事の石原さんや、自民党などの行動パターンをみると、だんだん保守化されていくような傾向があります。韓国の盧武鉉政権も、政権をとる前は労働者の政権とか、革新的な政権といわれていましたが、政権をとってからは、その性格がだいぶ変わっていくような様相がみられます。私は、両国の政治を見ながら、やはり政権をとった政府は、そういう存在にならざるを得ない運命にあるのかなと思います。このような勢力を牽制していくうえでも、市民運動グループの役割は、大変大事な存在ではないかと考えます。

 私は日韓両国の平和や友情だけでなく、アジアの連帯、またアジアの平和と友情を築いていくためには、政府間の関係だけでは限界をもたざるを得ないと思います。その重要な鍵とになるべきものは、市民社会間のネットワークであり、これを太く築いていかない限り、平和や友情、連帯というものは、なかなか難しいのではないかと考えます。

◆同じ夢見て、互いに学びあう

 アジアの連帯という観点から見ても、特に日韓は互いに学べるところがいっぱいあります。

 91年、私はアメリカのハーバード大学で1年間勉強したことがあります。そのとき、大学の地下3階にある図書館で、セクシャルハラスメントに関する日本の凡例があり、その論文をコピーしました。私が韓国に戻ったちょうどその年に、ソウル大学で学生のセクシャルハラスメントの事件が起こり、その弁護を私がすることになったのですが、その論文のコピーが大変役にたちました。結局、7年間の裁判の末、勝訴しました。ただ勝ち取ったのみならず、以後、性暴力特別法が韓国で制定され、また職場における性差別禁止法も制定されました。私は、ある意味で、セクシャルハラスメントに関しては、韓国のほうが日本より先進国ではないかと思います。

 日韓の関係は、互いに似ている制度や経済システムをとっていますので、いろいろな事例から学べるということを強調したいと思います。

 最後になりますが、前回ワールドカップで韓国の若者たちが応援のスローガンとして使ったものは、「夢は必ず実現される」というものでした。私も個人的に、いつもそのような考え方をもって生活しております。

日韓両国における市民運動の条件は、異なるところもありますが、市民運動グループがみている夢は、つまるところほぼ同じではないかと考えます。つまり、今より民主的でより人間的な社会、またより生活の質が向上された社会を形成したいという夢は、同じではないかと考えます。

 三連休にもかかわらず、この場に出席してくださった皆さんに感謝の言葉を再び申し上げます。私は、これからも皆さんと共に、皆さんと同じ夢をみて、また私がいる場所でその夢の実現のために、一所懸命生きたいという言葉で、今日の私の発表を終えさせていただきます。ありがとうございました。(拍手)


 <文責編集部>