きょうは、ポルトアレグレだけではなくブラジル全体のお話も加えて、いまブラジルでどういう試みが行なわれているのかということについてお話ししたいと思います。日本のいまの社会にブラジルと同じような状況があり、しかもブラジルはさまざまな困難な中で新しいチャレンジをしていますが、日本はなかなかそれが見えてこないということで、ブラジルを紹介する意味があるのではないかと考えます。
最近の東京あるいは日本の風景をみると、後発国、ブラジルに似てきたなという印象をもっています。失業問題や雇用の非正規化により、十分な保護や補償が与えられていない人たちの人口が増えています。また、貧富の差が広がったり、貧困の人口が増えてきて、ブラジルでは犯罪が多発しています。日本もいま治安が非常に悪化してきています。こういう格差が世代間にわたって固定化する可能性が日本にも出てきていると思います。
ブラジルでは、従来、国家が強く経済に介入して、その結果、政治的な腐敗もあり、財政赤字やインフレがあり、「国家が社会を侵食する」という現象が見られましたが、90年以降、そうした制度から、市場に任せる仕組みに変わってきました。その結果、一部では経済の効率性が上がり、インフレが収束するという効果がありました。ただ、その一方、失業率が増加したり、雇用の非正規化が進み、分配の不公正化が進んだり、アマゾンその他の環境破壊が進行したりしております。
ブラジルの社会がどのように対応し、それを乗り越える努力をしているかということについて、国家改革とりわけその中での参加型予算、連帯経済、そして企業の社会的責任という三つの点をとりあげたいと思います。
●社会自由主義国家
95年に国家改革のマスタープランというのができまして、ここで行政の効率性や透明性、官僚の教育やキャリアプランを明瞭にするとか、市民参加などさまざまなことが計画されました。はじめて国家や官僚というものが社会に奉仕するための存在であり、そのための、さまざまな制度づくりというものをしようと考えました。
そこで提起されたのは、イギリスのブレア政権、あるいは彼の思想的な背景になっていますギデンスの社会投資国家や積極的福祉国家に近い、社会自由主義的な国家像であります。
従来はさまざまな分野で経済に政府が介入したわけですが、市場向けの財、サービスの生産というのは、かなりの程度を民間に委ねるべきだと考えました。中間的な領域である、教育、医療、社会保障、あるいは科学技術開発は、財団とか医療法人や教育法人、NPO・NGOといった非営利・非政府の組織に任せて、その上で中核的領域については政府が資金を提供し、市場の原理もある程度入れてスクリーニングするという仕組みをとりました。
ブレアのイギリスと違うのは、ブレアの第三の道よりは政府のかかわりの度合いが大きいといえると思います。民営化されても、政府がゴールデンシェアという株を持っていて、企業が反社会的な行動をとった場合には政府が発言する、また、公共料金については政府の認可制にするとか、そういう強い規制がかなり加わっております。
●参加型予算
もう一つ、ブラジルで注目すべきは、1989年にポルトアレグレで始まった市民が参加して予算を決定していく仕組みです。
この参加型予算が行なわれてきたのは、ブラジルやポルトアレグレにおいて代表民主主義、議会制民主主義が十分に機能していない、また、行政も十分なサービスを提供できなかったという、機能不全があったということがあります。
他方で、ブラジルはポピュリズムの影響がとても強くて、権力にある連中がお金をばらまいて、そして人気を得て政治をやるという仕組みがずっとありました。
そういう中で労働者党という党が躍進してきました。この党は、社会主義を目指したわけではなく、賃金など権利を要求するという政党として生まれました。ただ、彼らが政治運動をやっていく中で、必ずしもそういうことでは広い支持を得られないということで、徐々に市民政党に転換をしていきました。
とりわけ、地方の貧困や社会的に排除された人たちを基盤として、それらの問題を政策対象としてやって、多くの支持を得てきました。前の政権の社会民主主義から社会自由主義へ転換、民営化とか社会行政サービスを部分的に非政府組織に委ねる社会自由主義に対抗して、より強い政府の介入を求める運動として、参加型予算が実現する背景がありました。
●ポルトアレグレの参加型予算の仕組み
ポルトアレグレのケースでは一番はじめは日本でいう町内会のようなところから、さらに16の区に分けてその地域で議論し、それを市全体の参加型予算委員会のところで議論をして、それでつくられた予算を議会に提出するということを1年のサイクルで行なっています。
地域や区の中で当然人々の利害は対立します。具体的に、それをどうやって調整するかというのが最大のポイントで、三つぐらい基準があります。まず、そこの住民が「これを今年は予算として取り上げるべきだ」ということです。第二が、何が最もこの地域において不足しているか。そして第三は、もしそのプロジェクトを実行した場合には、どのぐらいの人たちが利益を得るかという数です。その三つの基準で投票しながら、最終的には参加型予算委員会で最終予算を決めているということです。
こういう参加型予算については、しばしば参加型民主主義の方法、あるいは討議民主主義“Deliberative Democracy”といったかたちで理解されております。
ポルトアレグレは16年続いて、さまざまな市民が抱える問題を解決してきました。過大評価は禁物ですが、従来の市政がもっていた問題を解決したこともまた事実で、評価をしていいのだと思います。ポルトアレグレ以外にも150ぐらいの市で行なわれていますので、そういうものをちゃんと検証した上で、これを持続させるためにどういうことが必要かということを議論していく必要があります。
2番目のテーマの連帯経済が生まれた背景として、雇用の問題があります。景気の浮沈によって変化しますが、一貫して失業率は上がってきているわけです。成長すれども雇用は増えないという状況がありました。連帯経済がつくられた契機はまだ新しくて、人々が生活に困ったり失業したりして、そういう中からつくられてきた面が非常に強く、それはそれで意義があって、社会のセイフティネットとして機能を果たし、政治の安泰が実現したという意味では意義深いわけです。
連帯経済には、協同組合とか、労働者自主管理企業などがあります。労働者自主管理企業は倒産した企業の労働者を引き受けた企業です。連帯経済にはそのほかソシエーションとか交換クラブなどの形態があります。
この連帯経済で一番重要なのは協同組合であります。これは、すべての大組合を含んでいますが、2003年末で7350の協同組合が存在しています。協同組合については、きちんとした組織がありまして、数字が補足されております。大きなものは農協です。それから信用組合です。ただ、最近増えているのは、労働者協同組合というもので、現在では2000あり、組合員数が31万ということです。
市場経済が基本的な制度としてあるので、連帯経済は、ある意味では市場経済に対抗できるぐらいのものでなければいけません。それはたとえば生協運動なども、大スーパーマーケットと競争できるような質やサービス、価格のものを提供しないと、なかなか消費者に受け入れられていかないのと同じです。もちろん、それに加えて安全などを売ればいいわけですが、市場経済が優勢な中では、連帯経済も市場のスクリーニングを受けざるを得ないわけで、まだまだ強固なものとはいえません。
3番目は、企業の社会的責任という問題であります。企業が成長する一方、その周辺に貧困や環境というさまざまな社会問題が存在しています。こういう中で、企業に対しても企業市民の自覚や行動が求められているのが、ブラジルの今の状況です。CSRを促進している要因として、経済の市場化とかグローバル化への人々の不信があり、NGOなどが非常に活発に活動しています。
ブラジルにおける企業の社会的責任の歴史は60年代から試みられていて、企業がどのような社会貢献をしているのかという報告書をはじめて発表したのが1984年であります。
2003年の8月段階で大企業、外国企業も含めて285社が、 “Balanco Social”というものを採用して発表しています。内容は、企業内での従業員福祉、企業外での社会貢献、納税、環境保護に対しての支出、付加価値のうちの株主、従業員、社会貢献、政府等のそれぞれの部分についての指標を含んだものです。
また、サンパウロ証券取引所の社会株式取引所には、NGOが社会貢献のプロジェクトを立案し、その必要な資金を株として証券会社を通じて売って、そして個人や企業がその株を買うという仕組みがあります。現在、300のプロジェクトがありまして、全体の金額が大体3億数千万円という非常に大きなものになっています。このプロジェクトは、元々国連の事務局長のアナンが提案したグローバルコンパクトというものに連動してつくられ、サンパウロ証券取引所は、取引所として世界ではじめてグローバルコンパクトに参加しました。
企業は、社会貢献する場合にはNGOとの連携が一般的で、約半数以上の企業がNGOとパートナーシップを結んでいます。こういうかたちで企業が社会的活動で、NGOと結びつくことによって、社会が企業に対して発言することができるようになってくると思います。
いまの市場経済というのはたくさん問題をもっていると思います。資本主義的行動や競争というものは、必ず失業とか環境破壊とかいろいろな問題をもっていると思います。
われわれがすべきことというのは、そういう本質的な問題がある資本主義をどうやって修正していくかということだと思います。それは、国家とか市場とか社会を相互に牽制する仕組みをどうやってつくっていくかということです。
ただ、市場が優勢で、国家は厳然として存在しています。社会が一番弱いわけですが、国家のなかに社会の原理を埋め込むこと、あるいは市場のなかに社会の原理を埋め込むこと、つまり国家改革と参加型予算とか、企業の社会的責任を通じてそういうことが可能になってくると思います。そういう努力をし、制度を少しずつつくっていくということが必要になってくると思います。そういう意味で、ブラジルで行なわれたさまざまな仕組み、参加型予算とか連帯経済とかCSR、あるいは資本主義の牙城である証券取引所で行なわれた社会株式取引所とか、そういう挑戦をわれわれは学習する必要があると思います。
とかく日本では、ブラジルに対しては非常に遅れた国という見方が大きいわけですが、もう少しブラジルについてちゃんとみていくと、われわれの社会がもっている問題点を乗り越えようとする努力が行なわれているということを実感できると思います。
(文責・編集部)
小池洋一(こいけ よういち)氏のプロフィール
拓殖大学教員
PARC発行「オルタ」編集委員
著書に「ラテンアメリカの経済」(共編著・新評論)、
「ブラジルの企業 − 構造と行動」(アジア経済研究所)、
「市場と政府 − ラテンアメリカの新たな開発枠組み」(共編著・アジア経済研究所)