郵政三事業とは、郵便と簡易保険と郵便貯金、この三つを指します。この三つが分社化されて、民営化されるというのが今回の論議です。分社化は確かに必要ではないかと思います。というのは、宅急便が急成長する前、完全に独占企業だった頃、郵政は郵貯や簡保の赤字を郵便に回して、どんどん郵便料金を高くしていたことがあったんです。その頃は切手を買っても、あっという間に使えなくなる状態でした。こんなことをさせないために、別会社にする必要はあるでしょう。
しかしそれ以前に、公務員攻撃と呼ばれるような「厚遇」への批判があります。客観的に見て、たとえば特殊でもない肉体労働をしていた場合、20歳そこそこで勤めた時点と定年寸前の職員とで働きに大きな違いは出ないでしょう。むしろ若い人の方が効率的かも知れません。しかし給与は高齢者の方が高い。社会そのものが以前のような「生活給」を許す状態ではなくなり、「能力給」に移ったのです。ところが郵便の事業は現業の仕事で、あまりスキルアップする余地がありません。しかも組合も、スキルアップをあまり進めてきませんでした。スキルアップをしなければ、加齢に合わせて「厚遇」を受けるのは困難です。組合側もしくは労働者側が、自分たちでスキルアップを提示していく作業が絶対に必要だと思います。それなしに民間と比べて格差の大きい給料を守れといわれても、それはわがままと言われても仕方ないでしょう。
現状の郵便事業の収益は、年賀状に大きく依存しています。一軒に数百通をゴムで束ねて郵送するのに、一枚あたりの切手代が変わらないのも奇妙です。一方で宅急便などが送ろうとするメール便に対しては、郵便事業法の「信書の秘密」を盾にとって参入させません。今はインターネットの時代です。インターネットを選ぶか、郵便を選ぶかは、自分の判断ですればいいことで、国に規制してもらう必要はありません。その宅急便が追い上げると、急に「ゆうパック」を安くしてみたり、姑息な対応ばかりしてきたと思います。その郵政側は全国均一サービスの「ユニバーサル」を主張するわけですが、これは収益をどう配分するかだけの問題です。国でなければできないことではありません。クロネコヤマトなどは、そのユニバーサルを意識していて、地方だからといって値段を高くしないように経営努力をしており、あまり差が出ません。
最終的に主張されるのが「機密の保持」です。しかし機密の情報を送っても、団地のポストにバサッと入れたり、バイトに郵便を任せたりしている現状では、あまり説得力がありません。むしろバイク便で、出してから2時間で到着してしまう方が機密を守れてしまいます。
そうすると、郵便が民営かされることによって、私たちが困る状態になるというのはあまりない。民営化反対はあちこちで聞くことですが、公営にしていなければいけない必然性は本当にあるのか疑問だ、というのが私の意見です。
民営化の問題がそもそもどこから出てきたかというと、実は郵便事業の問題ではなく金融です。郵貯が255兆、簡保が125兆で、合計すると400兆円近いお金が郵政に預けられています。これは実に日本人の金融資産合計1400兆円の3割近くになります。これが「財政投融資」を通して運用されてきました。いわゆる「民業の圧迫」として、銀行側が問題にする点です。しかし私から見ると、その運用先の方が問題です。基本的に環境破壊の公共事業の資金源です。日本中のありとあらゆる環境破壊の元手はこれです。これなしで、日本の中の公共事業はほぼ何一つできないと言っていい状態です。また、この財政投融資から、世界銀行やIMFとか日本の金貸しODAをやっているJBIC、アジア開発銀行に融資され、世界の環境破壊的事業を支えているのです(注)。
郵便貯金はイギリスから輸入した制度なので、海外にも類似制度はありますが、これほど莫大に膨れ上がった国は日本以外にはありません。海外では、国民貯蓄銀行というかたちで、市民が自分たちで預けて、自分たちが借りる銀行としてつくりました。自分たちで作った銀行は、そこに貯金をしておくと、あとで家を建てるためローンを組むとき、「長年貯金してくれましたから、金利を安くしましょう」というかたちで恩恵があるわけです。日本では郵便局に預けても、私たちに金を貸してくれません。
そして、入ってくるときは郵便貯金で、出ていくときにはこのお金が、建設族議員の資金源になります。この郵便貯金の入り口では、「郵便貯金預金者友の会」があり、大票田です。そして出口は公共投資の資金源です。原子力発電、そして高速道路、空港、ダム、リゾートといったものをもってきて、1%から3%がキックバックでポケットに入れていく。このように、郵便貯金は政治と密着して、日本の旧態依然の構図を作ってきました。郵便貯金をやりたい人は、こういうことを支えたいと思う人だけにしてほしいと思います。
私たちは94年に「未来バンク」をつくりました。未来バンクは、最初はたった7人で出資額400万円でした。組合員の人たちから出資してもらい、それを貸金業に登録して、それを組合員の人だけに融資する閉じたバンクです。
すぐつぶれるであろうと思っていましたが、意外なことにずっと伸びてきて、今では1億5000万出資があります。そして、貸し出し累計では6億2000万、貸し倒れゼロです。金利は3%の固定の単利、環境か福祉か市民が自分たちで社会をつくろうとするワーコレのような市民事業の、三つにしか貸さない形で始めました。今や11年目になるものですから結構注目されるようになり、各地域に自分たちでつくるバンクが生まれるようになってきました。
そうやって考えてみると、金融機関を市民がつくるのは、それほど難しい話ではない。僕は市民が銀行を持つのは人権だと思います。このお金を自分たちで運用していけば、社会を変えていくことができると思っています。さらに今、企業の社会的責任というようなことを言い出して、いくつかの銀行がNPOへの融資をスタートさせました。このように、市民側が現実につくって、やって見せたことが、金融機関に影響を及ぼします。
行政は英語に直すとガバメントオーガナイゼーション(GO)になります。GO以外はすべてNGOになります。一方、産業は、プロフィットオーガナイゼーション(PO)になり、行政を含めてそれ以外はすべてNPOになります。ということは、これを合わせて考えると、社会にはGO、PO、NPOかつNGOの、三つのセクターがあることになり、この三つ目のセクターが市民セクターになります。
GOが公営ですから、これが民営化するのはNGO化することです。ところが日本では、今までGOを外れると必ずPOにいってしまう。逆に、銀行などのPOがNPO化すると、なぜか国営化などという形で行政にいってしまいます。しかし実際には、この三つのセクターは、すべての事業で必ず成り立ちます。市民側だって同じことができるはずなのです。しかも、市民の非営利ビジネスは出資者に配当しないのですから、競争力だってあるはずなのです。だから民営化に反対するのなら、NPO化させることも含めて代案提示すべきではないかと思うのです。
産業はやっぱり必要です。金儲けの動機で力強い発展を遂げます。行政もまた所得の再分配や低廉・均一のサービス提供者として必要です。しかし一方で、市民が非営利のビジネスを立ち上げ、それらと競争していくことが必要だと思います。三つのセクターによるチェックアンドバランスが実現する社会が望ましい社会だと思うからです。行政が効率悪ければ市民が取ればいいし、産業ががめついなら市民がもっと安いサービスを提供すればいい。そうした視点なしに「民営化」「国有化」を繰り返しても良くなっていかないし、それに反対するだけで別な案を提示できないならば同じ次元の論議しかできなくなると思います。
そのためには、どうしても三つ目のセクターが必要だと思いますが、今の日本のNPO法はとても使いにくい。会員になりたい人を拒否することができず、出資は許されず、金が儲かると乗っ取られる仕組みです。非営利のビジネスを起こすには、私は現状では中間法人が使いやすいと思っています。もちろんそのための法ができるのが望ましいですが、百年河清を待つわけにもいきませんから、それを利用して非営利のビジネスを市民が興していくことが重要だと思います。
営利と非営利の境目は配当するかどうかです。中間法人に対しては、基金者がお金を積みますが、配当を絶対してはならない。配当はしてはならないから非営利です。だから配当できるほどの利益がもし上がれば、長期投資をすることになります。この点は営利の場合より有利です。それなら長期投資できる、非営利ビジネスの方が優位になることだってあり得るわけです。非営利ビジネスの可能性は、私たちがイメージしているよりもはるかに大きなものです。非営利化する企業がどんどん増えていったとすると、利益よりも地域の人を大事に、雇用者を大事にする企業が生まれてくることにつながるかもしれません。そういう社会が、僕は望ましいと思います。
そのためには、どうしてもビジネス型NPOをもっとつくっていかなくてはいけないなと思います。中間法人であれば出資が受けられ、有限責任にできる。参加希望者を拒否することができる。つまり、乗っ取ることができない。事業内容に制限はない。NPO法のように認証を受ける必要がなく、法務局に届け出るだけです。こういう形でやっていけば、もっと使いやすいビジネスがつくれるのではないかと思うわけです。こうやって、私たちは別な未来を描いていくことが可能ではないかと思います。
これまでの郵貯の使われ方が問題ないという人は少ないでしょう。しかも国が保証しているのですから、実はこれもまた隠された国の借金の一部なのです。もし郵政が必要だというならば、それは市民が受けるべきです。市民が別な受け皿をつくっていくべきです。市民のバンクにしてもいいし、市町村営の郵便貯金にすればいいと思います。金融は、地域分散させていかなければ駄目なのに、今の民営化の方向はメガバンク化に向かっています。ここでただ「民営化反対」といっても説得力がない。民営化にはNPO化が含まれるのですから、市民が必要だと思うのであれば市民がその事業を取ってしまえばいいと思います。私はこの問題の一番重要な点は、人々の政府依存症なのではないかと思います。自立してやれる可能性があるのにしようとしない、政府に依存した考え方が問題です。政府依存症のままでいくら文句を言ってみたって、世の中は絶対変わりません。変えるには、自らリスクを背負ってやっていくことが必要だと思います。
運動について考えてみると、私は運動を三つの方向性をいつも考えます。ひとつはタテです。自らが政治家になったり、政治家に圧力を加えたりして、下から上に、上から下にというアプローチで社会を変えていくやり方です。もう一方はヨコです。隣の人に話しかけて、ムーブメントを起こしていく方向です。このタテ・ヨコは日本でもかなり運動としてやってきましたが、もうひとつあります。政治も人も変わりそうもないときに、諦めてしまうのではなく、まったく別の仕組みを考えて、現実に新たなやり方をやってみせるという方向です。
今進められている郵政の民営化は、たぶん何も生みません。現在の郵政事業の民営化は、何のためかさっぱりわからなくなっています。金融族議員と建設族議員が大集会をやり、お互いに痛み分けするかたちで妥協することになるでしょう。何も変わらず、新たに政府に守られたままの郵貯というビッグバンクができるだけのことになってしまうだろうと思います。ここの機会に考えてほしいのは、市民が別の未来を提示し、現実に創っていくという方向性です。それ以外に、基本的には解決の方法がないと思うのです。
*注 「どうして郵貯がいけないの―金融と地球環境 北斗出版 (1993)
1957年東京都生まれ。地域での脱原発やリサイクルの運動を出発点に、環境、経済、平和などの、さまざまなNGO活動に関わる。1994年より「未来バンク事業組合」理事長。そのほか、「日本国際ボランティアセンター」理事、「自然エネルギー推進フォーラム」理事、「揚水発電問題全国ネットワーク」共同代表、地元の「足温ネット(足元から地球温暖化を考える市民ネット・えどがわ)」理事、「ap bank」 顧問を務める。
著書(共著含む)に「どうして郵貯がいけないの」「環境破壊のメカニズム」、「日本の電気料金はなぜ高い」(以上、北斗出版)、「非戦」(幻冬舎)、「Eco・エコ省エネゲーム」「戦争をしなくてすむ30の方法」(以上、合同出版)などがある。
現在、福井大学、和光大学大学院の非常勤講師。