私たちが通常「地域」という場合には、地方自治体の行政区画、市町村や県といったすでにできあがった単位をベースにして捉えるのが普通です。ですから、皆さんが活動される場合でも、あるいは行政が取り組む場合でも、そういうように考えています。
ところが、世界の歴史というものをずっと辿っていきますと、そういった捉え方はトップダウンの捉え方で、本当は生活している人たちが力を合わせて自分たちの生活に必要な社会的な空間というものを認識してつくってきた歴史を持っています。そういうものと、行政区画で区切られているものとの軋轢が、地域の中でわれわれが取り組むべき問題のひとつということになるわけです。
そこで、歴史の中で、どういう形でわれわれが生活に当たっての必要な空間を認識してつくってきたかということについて、順に見ていきたいと思います。
「地域」という概念がどういうふうに多様かということですが、まず第1に辞書を引けば、「地域」というのは文字通り「土地の区画」という意味ですが、「土地の区画」というイメージがどんどん希薄になっていって、「地域」という言葉が普通によく使われる時には、「コミュニティ」の省略形のような使われ方で登場してまいります。
次に、コミュニティというのは人間が局地的に場所を限られたところに集まって住んでいるわけですが、生命維持に関連して環境世界というものが出てくるわけです。英語では、environmentがこれに当たりますが、ドイツ語のウンベルトというのは周りの世界ということになります。こういうように、コミュニティというのは周りの環境と一体化して、はじめてコミュニティとしての経済的な自立、社会としても自立ができるわけです。
3番目に、このコミュニティと環境世界が一体になった概念が、英語の「region」という言葉にほぼ対応するということになるわけです。そうすると、「region」というのはコミュニティが真ん中にあって、周りにそれを支える自然環境がワンセットでくっついている、こういうような捉え方が、そもそものregionという言葉の出発点になるわけです。
4番目の問題として、これは横山(桂次)先生などがよく使われていますので、むしろここの方はよくご存知だと思いますが、「地方」というものを「地域」というように言い換える使い方もあります。それはどういうことかといいますと、「地方」という言葉にはやや差別的なニュアンスがあるということから、第二次世界大戦後に歴史学、あるいは行政学、政治学といった学問分野の人たちは、地方という言葉をちょっと避けて通るところがありまして、本来「地方」でいいようなところを「地域」ということで差別感を取り除いている。横山先生は「地方政治」なんて言わないで「地域政治」と言いますが、それなどがひとつの使われ方です。
4つ挙げましたが、5番目として、「地表の区画」という意味です。これには二つ内容がありまして、ひとつは中立的、もうひとつは特性をもった区画。この地表の中立性という意味合いを英語に直しますと「Area」です。英語の書物を読みますと、Areaとregionとがニュアンスを分けて書いてあります。そして、Areaとregionは、語源的には全然違います。Areaのほうがニュートラルといいますか、外から与えたということです。要するに地表が区画されていれば「地域」だということです。
さて、そこで、今度は政策のところを絡めながら考えいきます。「外生的な土地の区画」です。もうひとつ申し上げておきますと、regionとAreaには広がりということが入っています。真ん中に何かがあって、周りを環境世界として取り込んでいくということは広がりをイメージしているわけです。面積が想定されている。Areaもそうです。ある地表があるとしますと、ここが工業地帯、ここが商業、工業と切ろうと、ここが水田と切ろうと、広がりをイメージする。日本人は、広がりをもっている地域についてはあまり考えたことがない。ところがヨーロッパの場合は、のっぺらぼうの平野がずっと広がっていますから、共同体としてのコミュニティがある場所を占めますと、自分たちの縄張りはどこかということを常に歴史の中でつくりながらやってきた特性があった。新大陸に渡っても同じです。「大草原の小さな家」みたいなものです。 外生的なものは、要するに、行為主体、あるいは認識主体としての人間が、ある目的に従い、目的に対応して指標(インジケーター)を選び、指標を区画する。これが外から与えたAreaですが、Areaとしての意味の地域というのは、例えば私なら私が認識主体としますと、どこが商店街だろうかという場合に、商店街の自分なりの定義を与えて、それに即したインジケーターでもって地図の上にある区画をつくる。
これは、ある意味では考えやすいし、目で捉えるということと合っています。
ところが、もっと重要で、一番物事のつかまえ方、とりわけ地表というものをつかまえていく際に重要なことは、「内生・内発的な土地の区画」です。ドイツ語でいうとラントシャフト、フランス語でいうとレジョンです。
伝統社会の「region」ということについての基本的な考え方は、1番目がコミュニティの立地です。コミュニティというのは仲良しクラブじゃないんですよ。そのグループに入っていないと、自分の生命が危ない。
まず、ある人間の人類の集団が、森があって川があって湖があって、魚がとれるといったようなところを選んで村をつくるわけです。最初は必ずしも定住性はありません。獲物がなくなったら移動します。だから、移動するオープンスペースがたくさんないと、なかなかやっていけない。これは伝統社会のregionで、コミュニティとコミュニティの立地と、それを取り巻く環境です。この場合の環境というのは、圧倒的に自然環境です。
生命維持の工夫の方にいきます。伝統社会は基本的に農耕であります。農耕はどこから出てくるかというと、狩猟、採集に焼畑が必ずといっていいぐらいくっついております。焼畑から農耕にいきますが、ここで社会的な余剰が期待できるようになる。自分たちの村を支える以上に、年によってはたくさんとれ、余ってしまう。これをどういうふうに分けていくのかということですが、ひとつは税金のかたちで取り上げていくグループができます。これが政治的支配者です。それから、この余りを年貢ではなく、物々交換から交易(トレード)につなげていくのが商人です。政治的支配者が住んでいるところは政治の中心になって、首都になる。商人のほうは、はじめは専門に商業なんかできません。ひと月に何回か物々交換の日を決めて市を立てる。日本中の、あるいは世界中の都市の8割ぐらいは、マーケットタウンから大きくなったものが圧倒的に多い。
中世においては、貢租貢納をたくさんすると商人の取り扱うものはなくなってしまう。今度は逆に、商人のほうに流れてきますと、税金が取れない。だから、商人と封建領主が仲が悪いというのは、経済的にはこういうところからきています。
ところが、近世と言われる時代になると、この政治的な権力者と商人が手を組んで、政治的権力者は商人から税金をもらうと同時に、商人の安全を封建領主が守ってやる。保護をする。こういうような状態が、近世というスタイルです。
今度は近代社会にいきます。近代社会を非常に割り切っていいますと、資本主義です。産業革命です。産業革命によって登場したものに、「工場の村」というものがあります。企業城下町に非常に似ています。これが、伝統社会のregionを壊していく第一歩になるのです。 要するに、自然というオーバーをまとったコミュニティ、これが圧倒的に伝統社会では多い。その中から、自然環境という外套がなくても飯が食えるコミュニティがちょっとずつ出てくるわけです。政治的な区画の中では都市がそのひとつです。マーケットタウンは、農村よりは数が少ないけれどそこそこあった。こういう状況の中に、「工場の村」が、インベーダーのように入ってくる。これが、資本主義の一番立ち上がりのときの姿です。
このあと、もっと大きく世界を変えていくのは、蒸気機関の発明と産業集積です。蒸気機関を動かすためには石炭がいる。その石炭を運んでデポをつくる。そこに工場が集まっていくわけです。これが工業地帯。だから、工業地帯というのは、工場の村がいくつもいくつも一ヶ所に集まったようなかたちでスタートするわけです。
このあと何になるかというと、地域政策です。税金を使って、資本主義に一番適切な地表はどうやって創っていくかという話です。
とりあえず重要なことは、産業革命というものが、近代社会にできた。そうすると、近代社会のregionはどこで伝統社会と違ってきたかということです。コミュニティの意味が変わってきてしまったわけです。元々は、みんなが肩を寄せ合ってあい集まってコミュニティをつくるということが、どこかにいってしまって、コミュニティの意味の変化は、要するに資本あるいは企業の共同体です。金儲けのための地表を、どうやって合理的につくっていくか。そして、その中で主体として認知されているのは何かというと、極端にいうと企業なんです。そこに生活している生活者のための社会空間については、運動、政策で意図的に創っていかないとどんどん劣化していくわけです。人間のための状態は、ほとんど基本的には考慮されないわけですから、どんどん劣悪化していく。
この状態から、どうやって抜け出してきたのか。こういう状態を改良したのがイギリスの労働党につながるグループです。これがイギリスの都市計画というものをリードし、皆さんがご存知のニュータウン計画になります。これは、勤労者、労働者のための生活空間をどうやって政策で確保していくのかということにつながってくるわけです。
それでは、生活をよりよくするためには、どれぐらいの大きさで共同性を確保していくのがいいんだろうかということを、もう一回、改めて考えていかなければならない。協同組合のことをドイツ語でゲノッセンシャフトということはご存知だと思いますが、地域社会というものを、「地域」とそれを入れる入れ物である「空間」というものをゲノッセンシャフト的にどんどんつくっていくという時代が21世紀だろうと思います。僕は実践の経験はありませんから、アイデアを提供し、外国はこうだということをお伝えしますと、ドイツやイギリスは一番根っこのところの生活者の空間の単位としての、昔でいうと村の大きさ、これをがっちりと守って簡単に合併しません。この村の単位を生かしながら中身を変えていく。農村型の生活者のための生活空間。これは前に申しました、村があり周りに自然がある。
それでは都市型は何か。村の単位の中で合議しながら、市民生活つまりサラリーマンの生活に合ったような村をつくっていく。こんなふうになっているのが、イギリスの場合ですとパリッシュ、ドイツですとゲマインデというような言い方になるわけです。やっている仕事は、農村で自給自足するためにみんなで相談すべえという状態から、みんながサラリーマンになってしまったから、サラリーマンの子どもたちをスポーツクラブに入れてスポーツをやらせようとか。そのためには、グランドがないと駄目で、グランドをどうやってつくるかというように変わってきたわけです。
そんなことを、「参加型システム研究所」で主催している基礎研究会第2期報告書(参加型市民社会を拓く理論と実践のために「参加型システム」を定義する報告書)のほうにも書きましたので、併せて見てください。以上で終わりにします。
横浜市立大学非常勤講師。参加型システム研究所客員研究員。
1931年愛知県生まれ。
1961年大分大学経済学部講師。以降、名古屋市立大学・金沢大学・慶応義塾大学・神奈川大学等で助教授・教授。2001年定年神奈川大学退職。
経済地理学・歴史地理学・地域政策論が専門。
著書に「東海の伝統工芸」「図説 日本の地域構造」「現代世界の地域システム」(いずれも共著)。2004年11月に著書「図説 日本の生活圏」を刊行。