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第25回月例研究会

「対テロ戦争」とイスラーム世界

飯塚正人 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教授

 いわゆる「イスラム原理主義」を専門にしている研究者というのは、東日本ではほとんど私しかいないのが実情です。ご記憶の方もいらっしゃるかと思いますが、97年の11月にエジプトのルクソールで、日本人観光客を含む外国人観光客58人が殺された、悲惨な事件がありました。そのあたりから、日本中いろいろなところに呼ばれていくことが多くなりました。

9.11米国同時多発テロや占領下イラクのテロは「イスラム原理主義者」の犯行なのか?

まず最初に、「イスラム原理主義」とは何なのかを考えます。9.11以降、テロが起こると、イスラム原理主義者の犯行だ、イスラーム教徒の中にイスラム原理主義者というテロリストがいる、という話がずっと語られてきました。

 アメリカ合衆国は、テロをやる奴は全部アルカイダとかフセインの残党だということにしておきたい。しかし現実にイラクで起こっているのは、それほど単純な話ではない。いまテロをやっている連中のかなりの部分は、実は武装解除されないまま解雇されてしまったイラク軍の兵士や元警察官です。アメリカが一方的に、主要な戦闘は終わったと宣言した後、暫定統治機構はイラクの兵士や警察官を全員クビにしてしまった。その失業者たちが「どうやって食っていけっていうの」という不満からテロに走っている。これはイスラム原理主義とは何の関係もないわけです。

 同様に、米国同時多発テロというのも、かなり怪しい話だと思います。やったのがイスラム教徒だったのはほぼ間違いない。ただ、彼らがイスラム原理主義者だったのかというと、非常に大きな疑問があります。

イスラームとは何か

実はイスラームの教えというのは難しいものではありません。何が難しくしているのかというと、イスラームを自分の都合のいいように利用する奴や、外から見ていて誤解してそれを広める奴がいるからです。

 イスラーム教徒は、ユダヤ教徒やキリスト教徒と同じ神様を信じています。「アッラー」というのはアラビア語で神様。この神アッラーが「啓示」、つまり命令を出すわけです。例えば豚肉を食うなとか酒を飲むなとか、そういう声が聞こえる人間のことを、神の言葉を預かっているという意味で「預言者」と言います。神が命令したことに従えば報酬があり、神が命令したことに従わなければ天罰がくだる。イスラームの基本はこれだけです。

 「イスラーム」というのはアラビア語で服従という意味。これが宗教の名前になっています。 

 さて、イスラム原理主義を考えるうえでは次のことが重要です。イスラームの発想には、神の命令に従えば、この世で共同体が繁栄する、戦争をやって勝つとか、経済の好景気が続くとか、そうしたことは全部神の命令に服従したことへのご褒美だという思想があります。逆に言うと、悪いことが続けば、それは天罰だと考えられる。神の命令に従わなかった罰として敗北や不景気が続くんだと。となれば、イスラーム教徒が繁栄するために必要なのは、神の命令への服従ということになるでしょう。こうした思想を21世紀になったいまも保持して「神の命令(イスラーム法)」を国家の法にしようと努めているのがイスラム原理主義者というわけです。

 今から35〜36年前、1967年の第三次中東戦争で、イスラエルとアラブ諸国が戦います。そこで、わずか6日間でアラブ諸国は惨敗しました。この戦争でイスラエルが勝って、ヨルダン川の西岸地区とガザ地区を占領した。その直後に国連安保理が決議をして、「イスラエル軍は即刻占領地から撤退せよ」と。これはアメリカも拒否しないで可決されているんです。ところが67年以来36年間、占領地に国連決議を無視してイスラエルが居座っている。イスラエルを追い出すためにもみんなでイスラーム法を守って神の怒りを解かなくてはいけない。そう考えているのがハマスなどの原理主義組織なのです。

「イスラム原理主義」とは何か

1)イスラームと政治

神の教えに従いたいという思いが、直接、政治的な運動やテロに結びつく宗教は珍しいのかもしれません。なぜこの思いが政治的な運動やテロになっていくのかというと、それはイスラームがもともと政治と密接な関係を持っているからです。実は神からくだされた命令には、刑罰規定などの法規範も含まれていました。例えば結婚している男女が不倫した場合、死刑。盗みをした場合、左手首から先の切断、といった規定があります。それから、殺人者を捕まえるのは国なり警察ですけれども、これに判決をくだし刑罰を加えるのは、国ではなくて被害者の遺族であるというふうに、被害者と遺族の人権を重視した(?)法規定もあります。 

つまり、神の命令であるイスラーム法をやろうとすると、警察や刑務所など、いろいろな行政組織が必要になる。ということで、イスラーム法を施行するには、国家の体制ができてないといけない。イスラム原理主義者は、要するにこの「イスラーム国家」をつくろうと言っている人たちなのです。

今日、イスラーム諸国会議機構(OIC―オーガニゼーション・オブ・イスラミック・コンファレンス)に加盟して、「イスラーム国家」を自称している国は世界で57ヶ国ありますが、いまお話ししたような古典的なイスラーム刑法を実施しているのは、サウジアラビア、イラン、スーダン、パキスタンの4ヶ国だけ。これらをふつう「イスラム原理主義国」と呼んでいます。

2)「イスラム原理主義」の目的

 報道ではしばしば「イスラム原理主義者」が「テロリスト」の同義語として使われていますが、いま私がお話している「原理主義者」は、単なるテロリストではありません。

 彼らの目的は、古典的なイスラーム法が支配するイスラーム国家の建設と、1924年にトルコで廃止された国家元首「カリフ」制の復活。つまり、西はモロッコから東は南フィリピンまで10億人いるイスラム教徒がひとつになって、国をつくろうという夢を持っている人たち。これが、イスラム原理主義者ということになります。

3)「イスラム原理主義」による反政府テロ(誤解その1:反米テロとの混同)

 イスラム原理主義による「反政府テロ」と「対米テロ」はしばしば混同されています。

 イスラム原理主義による反政府テロの背景には、人口爆発の結果、大卒者の大半が失業者とならざるを得ない現実があります。

 ところが一方で大統領の一族などは、どんどん富んでいき、貧富の差が拡大していく。また、政府関係者が利権を独占していることもあって、失業青年層は非常に頭にくる。そこで、彼らは政府批判の声をあげるわけですが、声をあげた人間たちは、どんどん弾圧されていく。集会の自由も認められない。

 では、こうした中でいったい誰が運動を組織できるのか。集会の自由を持っているのは、礼拝のためにモスクに集まることを許されているイスラム原理主義運動だけです。こうして不満を持つ青年層はイスラーム運動に入っていく。イスラーム法では、教徒どうしで殺し合うことが禁じられています。そこで、俺たちのことを弾圧するような政治家、大統領、首相というのは、もうイスラーム教徒じゃない。背教者だということで、自分たちで死刑を実行する。これがいわゆる反政府テロというやつです。

イスラーム教徒のアメリカ観

1)「イスラム原理主義」への誤解(誤解その2)

イスラーム諸国では、たとえイスラム原理主義国でなくても、神や預言者を否定する言論の自由はありません。そんなことをすれば、最低限、社会的な制裁があります。それから、イスラーム教徒をやめる自由もありません。背教者は最悪の場合、死刑になります。だから、イスラームと民主主義が対立する部分があるのは事実なのですが、一方で、実はイスラム原理主義者は、イスラーム世界の外の体制には原則として無関心です。彼らが気にしているのは、自分たちの世界の中のことだけ。

しかし、アメリカは、自国の素晴らしさを理解していないから人々は反米に走ると信じている。開発独裁を掲げる諸国の政権と、テロリストを混同しているんじゃないかと思います。結果、テロリストは自由や民主主義が許せないから戦うんだという話になってしまった。

 でも、現実にイスラーム教徒が反米テロに走っている最大の原因は、アメリカの中東政策、イスラエルへの極端な支持にあるというのが次の話です。

2)防衛ジハードの論理(誤解その3)

 「ジハード」というのは、不信仰者との戦い、つまり異教徒との戦争という意味です。ジハードには二つあって、ひとつは侵略戦争、もうひとつは防衛戦争です。この侵略戦争は「イスラーム法が支配する法治国家の樹立と拡張」を目指したものですが、1924年にトルコがカリフ制を廃止したことで、開戦権を持つ指導者がいなくなったため、現在は行うことができません。

 一方、防衛ジハードは、異教徒の攻撃や侵入に対する防衛戦争です。これはイスラーム法で成人男子全員の義務と決められています。元々イスラームが支配していた土地「イスラームの家」を守る戦いは義務であるという思想です。これをまじめにやろうとするのがイスラム原理主義者というわけです。これを新聞その他では「テロ」といっていますけれども。

 過去30年、イスラム原理主義者が防衛ジハードを進めてきたことで、普通のイスラーム教徒まで同胞意識が強化され、ジハードに加わるようになりました。

 転機は1973年の第四次中東戦争。エジプトのサダト大統領が、初めて対イスラエル戦争にジハードという言葉を使います。1979年にはソ連軍がアフガニスタンに侵攻。この結果、東のジハード戦線が形成され、82年にはイスラエル軍の南レバノン侵攻で、西のジハード戦線が形成されました。91年には湾岸戦争で、フセイン・イラク大統領がジハードを宣言。ジハードという言葉が世界的に普及しました。

3)イスラーム教徒青年が反米テロリストになる理由

 2001年9月26日、同時多発テロの直後に出たニューズウィークは、「多くの若者にとって、テロリストへの道は自宅のテレビから始まる。ボスニア、チェチェン、カシミール、パレスチナ。若者たちはテレビ画面に映し出された光景を見て、イスラム教徒が世界各地で追い詰められ、虐殺されていると確信する。宗教的熱情に駆られた彼らは、地元のモスクやインターネット上でイスラム防衛の誓いを立てる。そのなかにはNGO(非政府組織)への寄付を募る者もいたが、飛行機代を工面してペシャワルへ向かう者もいた」と報じています。これのどこに、「イスラーム国家」を建設したいなんて、イスラム原理主義者の思いを見出せるのでしょうか。つまり、アルカイダに加わる青年たちはテレビを観て立ち上った単なる義勇兵であって、イスラム原理主義とは全然関係がないのです。

 言い換えれば、本当に深刻な問題は、虐殺されているという認識がテレビ報道によって、イスラーム世界一般に存在していることでしょう。何でイスラーム教徒が、ビンラディンを殺しても第二、第三のビンラディンが出てくると警告するのかというと、それは虐殺されているのを止めなきゃいけないと思っている同胞が非常にたくさんいることを知っているからです。オサマ・ビンラディンが命令したから動く。だからビンラディンに責任があるんだという報道ですが、実はイギリスの情報機関などは、そうじゃないというレポートをかなり明確に出しています。彼らは何人かの細胞単位で、独自にテロを企画、立案、実行するんです。

さらに、アメリカについていくといいながら、実は腹を立てている指導者層、大富豪が資金援助をする。その上、サウジなどでは本来自国のものである石油をアメリカの多国籍企業が搾取しているという反感もかなり強くある。

 ただし、イスラム原理主義者以外のテロリストの場合には、虐殺阻止だけが目的なので、パレスチナその他の状況が好転すればテロが減少するのは確実です。パレスチナ人を厳しく弾圧・迫害するイスラエルの保護者として、イスラーム義勇兵の怨みを買ってきたアメリカもテロの標的にならなくなるでしょう。

「対テロ戦争」のゆくえ

1)勝敗のゆくえ

 「対テロ戦争」は対等のルールに基づくゲームではありません。アメリカは100回テロ計画があったとして、100回全部抑えないと負けなんです。1回でも大きなテロが成功してしまえば、アメリカの負けになる。ふつう考えられているよりも勝敗の行方は見えないと思います。

2)なぜ戦争をするのか

 中東・中央アジアの天然資源を狙うアメリカ企業のための戦争説、イスラエル防衛戦争説などいろいろありますが、結局のところ、決定的に何が本当の理由なのかはわかりません。

最後に日本のことにちょっとだけ触れたいと思います。陸上自衛隊は、よくも悪くも行かざるを得ないようです。行けば標的となって、死者が出るのは避けられないでしょう。でも、そこで撤退できるかというと、「それでは世界の物笑いになる」という声の方が勝つでしょうね。そして、自衛隊員の命を守るために武器使用基準が緩和される。それでどうなるかというと、これは必然的に戦闘モードに入っていって、イラク市民を殺害し、報復テロがあって、中東の泥沼で、結局アメリカ、イギリスがいま入っている泥沼に日本も付き合わざるを得なくなる。陸上自衛隊派遣の未だ語られていない結末を、今から考えておかないと、非常にやばいことになると思います。

 どうもご清聴ありがとうございました。


 <文責編集部>