本日は、講師のお二人のご専門であるヨーロッパをふまえ、政権選択選挙といわれるあさっての衆議院選挙について、お話ししていただきます。
「政権交代の可能性」ですが、各新聞社の世論調査を見ても、難しいという感じはあります。しかし、今回可能性があるとしたら、一点目は、3度目の選挙を経て小選挙区制でようやく二大政党制のかたちが整ってきたこと。二点目は、党首が政党の顔になり、その人の魅力や政権担当能力によって有権者が党を選ぶというかたちが近づいていること。それから三点目は、いくつもの政党がマニフェストを出して、そこで政策の競争をしていることです。
私は、ドイツでかつて政権交代を担ったブラントを拝見したことがあります。老齢でしたが魅力的で、女性好きでも有名。要するにセックスアピールがあるわけです。女性はもちろん男性をも惹きつけるアピール力がないと、政権交代を引き起こすリーダーにはならない。そうすると、菅さんにそこまで魅力あるかどうかは、首をひねるところです。
ヨーロッパの政党でマニフェスト(公約文章)をつくって有名なのは、ブレアの政権交代のときです。イギリスでは個人党員が家を回って、直接膝を交えて政策論争を行ないます。だから、関心がある人は、マニフェストを見ながら自分の生活がどうなるかをシュミレーションします。各自がそのマニフェストを見ながら、いろいろ議論を行なうことがあるからこそ、マニフェストは何十万部も売れるのだと思います。
日本の場合には、戸別訪問は認められていないし、マニフェストを利用する法律が、ようやく先月できた段階です。これが、どこまで有効なものであるかどうかは疑問です。
民主党はよく外国の政権交代の例に飛びつきます。前回の選挙でも「オリーブの木」ということをうたいました。イタリアなら、オリーブはシンボルになりますが、日本の場合、桜の木ならいいかというと、そういうわけにもいかんでしょう(笑い)。いずれにしても他国の後追いは、逆に有権者にその体質を見抜かれてしまう気がします。
リーダーはマニフェストと同時に熱狂を引き起こさなくてはいけないというのが、私の考えです。日本の場合、政治参加にいろいろ抑制的な要素があり、お祭り選挙がしにくいこともあって、熱狂は起きにくい。イギリスの労働党の場合、サッチャーに押されっぱなしで、政権をとれるような要素はなかった。それが、ブレアによって国有化条項を削り、そのもとで新しいマニフェストを出し、これが実行力とか魅力につながっていきました。しかし、民主党の場合、そうならないというように考えるわけです。
それから、従来野党であったものも、政権担当能力があるということを有権者が知って、政権交代が起こるという場合があります。ドイツの場合、69年にブラントとともにシラーという非常に有能な経済学者がいて、これが政権担当能力を強く印象付け、政権交代に至りました。また、ドイツでは、州の指導的な政治家が国のトップリーダーになるということがあります。シュレーダーはもとニーダザクセンという州の首相であり、また、コールはラインラント・ファルツというところの州の首相でした。日本の場合、知事が中央にいって政権担当能力を発揮し魅力を振りまいた例は、今までないかと思います。細川さんは例外かもしれませんが…。逆に今は中央から知事に転換したほうが、政治家として面白い。これはドイツと逆です。
もうひとつの政権交代の可能性は、連立の相手が変わることによって、政権交代が行なわれるということがあります。ドイツの場合は、二つの政党と小さなひとつの政党があって、それが15年ぐらいの単位で政権交代を行なっています。69年には、小さな自由民主党が社会民主党と一緒になることによって、戦後初めての政権交代を起こしました。80年代になると、今度は自由民主党がキリスト教民主党のほうに鞍替え。それによって政権交代が起こる。98年には、社会民主党が過半数を取って緑の党との連立し、今があるわけです。いろいろな理由で、常に連立の一角を占める政党を政治学的にピポタルパーティといいます。カナメの党というわけです。日本で考えると、この10年間は連立政権の時代ですから、公明党がそれにあたるかもしれません。公明党は、非常にオポチュニスティックな政党ですから、昔は共産党と幻の協定を結び、今は自民党と協定を結んでしっかり政権の座にいる。
いま、二大政党は形成途上にあるし、政権のガラガラポンはあると思いますが、少なくとも今回の選挙では政権交代は難しいというのが私の考えです。
むしろ気になるのは、この間の政治的な雰囲気です。拉致問題が前面に出て、政治が感情に動かされる要素が含まれて、私としては、こちらの方がはるかに大きな問題です。この日本の動きは、韓国などからみても、かなり異様に見られているようです。北朝鮮は、韓国にとっては将来の統一相手です。韓国がいま太陽政策で接近している最中に、日本が東北アジアの最大の安全保障問題について云々する前に、拉致問題を前面に出すというのは、政治のあり方として尋常とは思えません。あえて言わせてもらえば、拉致問題とは人権問題ですが、選挙の前に踏み絵のような政策選択を迫るというようなやり方は、私はあまり健全とはいえないと思います。
そういう点も含めて政治的な理念が悲憤慷慨の感情によって押し流される方が、はるかに重大な問題だと思いますが、これも少数派の意見です(笑い)。しかし、多少は頑張らなくてはいけないというようなことで、私の話を終わらせていただきます。
(やまだとおる)
私がもっぱらやっているのは、スペインおよびその他の南ヨーロッパと中部ヨーロッパを中心にして研究および教育を行なっております。私は政権交代という点からスペインとイタリア、それからフランスもできたら少し触れてみたいと思います。
スペインで保守から革新というかたちで政権交代が行なわれたのは、36年続いたフランコの独裁政権のあと、第3回目の1982年の総選挙のときです。そのとき、勝利して首相になったのが、フェリペ・ゴンサレスです。彼は、20代のときから反フランコ闘争を始めています。その流れの中で、彼は社会労働党の書記長に就任した。そして、フランコ死後の最初の政権交代が彼の指導の下なされております。
なぜ社会労働党が勝利したのか。先ほどの山田さんの話の中の、リーダーの条件ということを考えますと、このフェリペ・ゴンサレスというのは、若くてハンサム、そして演説がうまい。そういう清新なフレッシュな魅力が、有権者にとっては非常に魅力のある存在として映ったということがあるわけです。
もうひとつ、無視できない重要な特殊事情が前年の81年にありました。治安警察の中佐であったアントニオ・テヘーロが、軍隊を中心にした強権的な国家体制をつくることを目指し、クーデターまがいの事件を起こしました。しかし、国王が間髪をいれず民主制を守るとはっきり言明し、これは腰砕けに終わるわけです。このような民主制の危機に対し、民主制を確固としたものにしたいという国民の強い意識が、社会労働党に大量の票を投じるというかたちで表れました。
もう一つは、81年にフランスでミッテランが大統領に当選し、その直後の総選挙でフランス社会党が圧勝し、安定的な政治勢力を確立することになりました。フランス社会党は、選挙公約に基づき、新しい社会主義的な社会構想を打ち出し、一定程度それに進もうとしましたが、フランス経済が大変な混乱に陥る結果を生みました。
それをみていますので、スペインの社会労働党政権は、まず選挙公約からしてほとんど社会主義的な政策を掲げていません。むしろ緊縮政策を打ち出して、構造不況業種をまず整理統合し、それから外資を導入して積極的に先端産業を定着させようとしたわけです。こういった方式は、革新政権こその施策ではなかったことは、重要な問題だと思います。しかしこの政策も産業に従事する労働者に打撃を与え、失業率が上昇する結果となりました。
社会労働党政権は選挙があるごとに、だんだんと得票率が下がってきます。82年は、圧倒的勝利。86年、得票率44.6%で議会内過半数。89年は39.6%でちょうど半数だったので、小さな地域政党と連合を組んで何とかクリア。93年に第一党社会労働党の得票率38.79%に対して、国民党は34.77%。そろそろ政権が危なくなる。ついに1996年の総選挙で逆転。このとき第一党になったのが国民党。単独では過半数に達しないので、連立政権にならざるを得ませんでしたが、14年ぶりに革新から保守へ政権交代が行なわれました。
長期政権そのものが飽きられることが、一般的にあると思います。党首が魅力的であっても、いずれ色あせてくる。新しくイメージをつくり上げるなら、絶えず何か自己刷新を党の中で行なっていかないと駄目でしょう。
例えば人気があったブレアも、イラクに対する戦争参加のときに、マスコミ操作をかなり恣意的にやったのではないかと疑いをもたれ、支持率が非常に下がってきている。イメージ先行が、現代の政治のひとつの特徴でしょう。
ドイツでは、ブラントが大連合内閣に参加したとき、自身で政権担当を経験したことが、後のドイツ社会民主党政権の政権担当能力を担保することになりました。その事情を日本に引きつけて考えると、民主党は具体的な経験を積んでいないので、マニフェストで政権公約を出しても、有権者は実感を伴わないという感じはします。
また、イタリアではもっとドラスティックでした。92年から次の94年の総選挙の間に、すごく大きな変動がありました。政党レベルでいいますと、日本の自民党に該当するキリスト教民主党が無くなり、人民党という新しい党に変わります。資料によれば92年にキリスト教民主党に投票した半数以上の者が、94年には人民党以外の党に投票している。これは政治意識のレベルでの大変動であったとも言えます。
政権交代のあり方は、それぞれの国で全部違うといえば違うので(笑い)、共通のものを探し出そうとすると、先ほど山田さんが言ったように、3点ぐらいに絞れるのではないかと思います。ただイタリアの政権交代のときに、リーダーシップが前面に出ていたのかというと、どうもそうではない。スペインに関しても、96年のときに革新から保守に政権交代を実現した国民党の党首は、そんなに魅力のある人間ではなかった。私は、彼が何年か前に来日したとき、スペイン大使館で会って話したことがありますが、印象からするとあまり面白みのない人間という感じでした。彼にあるのは党内政治力です。党内操縦がうまいといわれています。
このように、今のスペインの首相について言えば、はっきり言ってカリスマ性はない。それは誰が言っても一致するところです。フランスのミッテランは、カリスマ性はあったと思いますが、彼はイデオロギーを超えたドゴール的な存在になろうとしたらしい。首相にあまりそういう魅力のある人間がいなかった。あるいは、彼が魅力のある人間をみんなつぶしていたということがあるのかもしれません。その意味では、フランスにおいても政権交代のときにリーダーシップが、あるいは大統領候補者のとき、やはり必要になるでしょう。例えばジョスパンが前回のときにシラクに負けたというのは、やはりシラクほど魅力がなかったというのがあるのかもしれません。
ちょっととりとめのない話になりましたが、そろそろ時間だと思いますので、これで終わりたいと思います。
(わかまつたかし)
専攻分野:政治学、研究課題:比較政治、
著書:「なぜヒトラーを阻止できなかったか」(共訳)、「戦後戦後デモクラシーの安定」(共著)、「東ドイツ・体制崩壊の政治過程」
専攻分野:政治学、研究テーマ:スペイン現愛政治史・ヨーロッパ比較政治
著書:「世界の社会福祉 アメリカ・中南米・スペイン」(共著)
<文責編集部>