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第19回 月例研究会

ドイツ・「赤と緑」の連立政権の再選と緑の党の役割

 坪郷實(早稲田大学教授)

 2003年3月7日


 1.シュレーダー政権辛勝の理由と意義

(1)辛勝の理由

 ドイツは比例代表制選挙で、5%条項があり、5%を獲得しないと議席の比例配分がありません。選挙結果を見ますと、「社会民主党」が38.5%で251議席、「キリスト教民主同盟・社会同盟」が38.5%で248議席。ほぼ票が拮抗していた。「社会民主党」にしろ「キリスト教民主同盟・社会同盟」にしろ、他の政党と連立を組まねば政権を作れません。今回は「90年同盟・緑の党」が98年の6.7から2%近く増やして8.6%を獲得しました。「社会民主党」は得票を減らしましたが、緑の党が票を獲得したために、「赤と緑の連立政権」が維持できたということになります。

 ドイツで一番の問題点は失業問題です。アメリカ合衆国の9月11日のテロショックの影響で経済は低迷し、最近では450万近い失業者数で失業率は10%を越えています。さらに、東の方が失業率が倍という現状があります。シュレーダー政権が登場したときに、雇用政策を最優先課題とし、政府と労働組合と経営者団体という三者による協議機関をつくり、新たな雇用政策のための議論を進めましたが、それもなかなかうまくいかなかった。この点が、シュレーダー政権へ、かなり厳しい目が向けられた理由です。

 有権者は、「社会民主党」よりは、野党の「キリスト教民主同盟・社会同盟」が、経済政策や雇用問題では成果を上げられるという見方をしていました。しかし、具体的な提案がどうもない。それならば、シュレーダー政権にもう一度チャンスを与えてもいいのではということになりました。

 さて、シュレーダーは、ドイツではメディア首相といわれます。世論調査を材料にして、今のタイミングで世論は何を考えているのかを十分に認識しながら、課題を設定していく。ある意味では、有権者の動向を掴みながら、自分の支持につながるような政策提起、あるいは政治課題の提案をしていくことに非常に巧みであったといわれます。ドイツの選挙は、誰が首相になるのかを明示して戦うので、「社会民主党」が勝てばシュレーダーが首相になる。「キリスト教民主同盟・社会同盟」が勝利をすれば、バイエルン州の首相を務めているシュトイバーが首相になります。

 世論調査の政党支持でみますと、野党が優位に立っていましたが、「首相はどちらが望ましいと考えるか」と有権者に聞くと、これは選挙まで一貫してシュトイバーよりもシュレーダーです。2001年8月から2002年1月まで半年ぐらいは、「社会民主党」の支持が高かったのですが、シュトイバーが野党の首相候補に決まる段階で支持が逆転する。しかしその後、選挙の時点で両政党の支持が均衡するというように、メディア首相シュレーダーが回復させたのです。

 その一つの要因は、昨年の夏に、温暖化の影響による大洪水が発生して、東ドイツばかりか東欧諸国でも大きな被害を受けました。シュレーダーはそういう事態が生じたときにタイミングを見事にとらえて、まず現地に入り、いち早く大洪水の災害復興プログラムを描き、その実施に着手します。しかも、それはヨーロッパ連合という枠組みで東欧諸国も含め、東ドイツの復興への具体的なプログラムを決定します。有権者に首相の危機管理能力を示したのです。

 シュレーダー政権は、東のための政策を軽視するのではないかと、東の有権者は懐疑の目で見ています。それに対してシュレーダーは、そうではないと、東ドイツの有権者に思わせたのです。東ドイツの「民主社会主義党」、これは旧東ドイツの利益を代表する地域政党ですが、得票率が5%を下回りました。これは、シュレーダーに任せても大丈夫ではないかというかたちで票が動いたということです。

 第二の要因は、外交問題、安全保障の問題であるイラク問題です。シュレーダー及びフィッシャー外務大臣(緑の党)は、共に、イラクに対してアメリカが戦闘行動を行う場合でも、ドイツはそれに参加しないと明言します。これで、シュレーダーは圧倒的な世論の支持にかなう提案をしました。この間に、シュレーダーは有権者をグイッと引きつけて、与野党の支持の差を縮めました。コソボに関連したNATOの空爆、アフガニスタンの軍事行動に対してもドイツは支援をしました。しかし、イラク問題は、その二つの問題とは違うという線引きをしたわけです。

 有権者にとって平和問題が大きかったのは、現在ドイツが徴兵制をとっているという点もあります。戦争に召集された場合には、戦闘行為に関わらざるを得ない。それは有権者にとって、家族の誰かが関係者として出てくる。多くの若い人たちも、軍隊にいるときに戦場に送られるという危機感が関係していたのではないかといわれます。

 選挙キャンペーンの特徴を2,3見ておきます。イギリスのブレア首相はクリントンの大統領選挙キャンペーンの手法を学んだといわれています。そのブレアの戦術、選挙キャンペーンの手法を、シュレーダーもかなり学んだようです。その一つは、名刺よりもちょっと大きいぐらいのカードです。首相候補のにこやかな写真の裏側に、選挙公約の10項目が一目でわかるようにつくり、これを大量に有権者に、広場などで配ります。

 今回は、選挙の1週間前に、ベルリンの中心ブランデンブルク門の前に舞台をつくって、シュレーダーとフィッシャーが登場する、両政党による共同の大規模な選挙集会が行われました。政党選挙ですので、最初から赤と緑の継続を、これだけ明確なかたちで訴えるのは珍しい。これも、より効果的な選挙キャンペーンをやらなければ負けるという危機感からきたのだと思います。

 シュレーダー、フィッシャー共に、政治家としてはそれぞれトップの人気が当時はありました。また、青年層をできるだけ集めようと、ドイツで有名なロックグループやラップグループが前後に登場し、さらにビールやソーセージなどの軽食がとれるなど、半分お祭りです。日曜日ですから、午後に町を散策しながらこういう政治集会をのぞく。私も参加しましたが、一目、シュレーダーやフィッシャーを見ようと、若い人たちも集まって、このときは2万人規模での集会で、成功したキャンペーンだといえます。

 「緑の党」の代表者は、男性、女性の割り当て配分をしますから、党本部に男性、女性1人ずつ、議会議員団団長も、やはり男性と女性2人います。「緑の党」はシュレーダー政権内部に、大臣を男女同数だけ送りたかったのですが、男性2人、女性1人になりました。いま挙げた代表者は、全て兼職ができないという方式でやっていますから、7人の同格の代表メンバーがいるわけです。98年の選挙戦で、「緑の党」は勝ち残り、政権に参加するという大きな成果をあげました。そのときも集団指導体制でしたが、フィッシャーが一番有力な「緑の党」の代表者だというキャンペーンをしました。

 今回は、より鮮明に「緑の党」を代表する政治家はフィッシャーだという戦略をとりました。フィッシャーは、外務大臣としてヨーロッパ統合などで新しい提案をし、非常に有力な政治家として人気が高い。そのフィッシャーを前面に出したことが、「緑の党」の得票につながったといわれています。

 先ほど、「社会民主党」が票を減らして、「緑の党」の票が増えたと言いましたが、これは明らかに「社会民主党」の支持者は、雇用問題などで成果を上げられなかったことに、批判の意思表示をしたい。しかし、赤と緑はもう1回継続した方がいいと、「社会民主党」の支持者の一部は、「緑の党」に投票をした。50万票ぐらいは「社会民主党」の支持者が、「緑の党」に入れた。これは、選挙の結果、どういう連立が成立するのかを、有権者に強力にアピールすることがいかに重要なのかということを示しているかと思います。

(2)再選の意義

 1998年から99年、ヨーロッパ連合13カ国が中道左派政権が成立していましたが、現在では6カ国に縮小しています。

 シュレーダー再選はこの中道左派の退潮に歯止めをかけたという意義があります。

2.「赤と緑」の連立政権で緑の党が果たした役割

(1)政権政党としての緑の党

 「緑の党」は、98年選挙で初めて政権政党になりました。80年代から州レベル、あるいは自治体レベルで、「赤と緑」の連立が行われてきていますが、その経験がある程度、蓄積されていました。シュレーダーは、首相になる前はニーダー・ザクセン州の首相で、「赤と緑」の連立を経験していて、どのような運営をするのかは、ある意味では慣れています。

 1998年選挙でシュレーダー政権が勝った晩に、すぐさま両政党間で協議が行われ、連立協定など、非常にスムーズに結ばれて連立政権が誕生します。しかし、いずれ「緑の党」が暴走して崩壊するといわれました。結論から言えばそうはならなかった。

 ハンブルグ大学の「緑の党」の研究者ラシュケが、2001年に『緑の党の政権担当能力』という論文で「政権政党としては自己ブロックした政党だ」と言っています。指導体制の欠如、組織体制の欠如を指摘していますが、指導体制の欠如は今でも続いています。主要な場面では、フィッシャーが出てきて問題をまとめたり、妥協の方向へと促したりはありますが、外務大臣ですからいつも党のことをやっているわけにはいかず、しかも党首ではない。

 党内の政治潮流は、フィッシャーがその代表である現実派と左派という二潮流があり、これを考慮して代表者も選ばれます。コソボ問題、アフガニスタンへの軍事行動問題などが出てきますと、それにどう対応するのか常に問題になります。党大会に各支部から代議員が出て、その場で議論をしながら多数派形成をやる。90年代は、だいたい左派が多数派形成がうまくいって勝つ。そのため98年に、非常に高額な環境税の導入提案を選挙綱領に入れたため、「緑の党」は選挙で5%取れないのではないかといわれるまでいった。そこで修正提案を出してもう少し穏健な提案まで戻すということもありました。今回の選挙ではこういう混乱はありませんでした。

 このような内部体制の問題とは別に、緑の党の票が外的要因に左右されるという側面があります。選挙戦の中では左派と右派の票は、それぞれ一定数があるわけです。ドイツには、「社会民主党」と「緑の党」と「民主社会主義党」という三つの左派政党があり、左派の票は、この三つで食い合うわけです。

(2)第1期シュレーダー連立政権の政権政策を検証する

 W・リューディヒが、赤緑の連立政権の中で、「緑の党」はどのような政策的な成果、役割を果たしたのかの分析をしています。

 第一に多文化社会の建設へ向けての立法があります。国籍問題は血統主義を基本としてきましたが、ドイツで生まれた定住外国人の子どもたちに、国籍を付与する二重国籍を一部容認する政策が立法されました。次に、ドイツ経済に不足している、(主にインドからの)IT技術者を、最初は5年を限度で受け入れる。グリーンカードが導入され、関連の職種や雇用を増やす雇用政策の一つと位置付けられました。さらに、毎年一定割合の移民を受け入れる移民法がまとめられました。これは、法律としては振り出しに戻って審議中です。

 第二に、脱原発は、「緑の党」にとって、政権政策中で最も重視した政策だといわれています。これは、全体としてエネルギーをどのように賄うのかを明確にしながら、脱原発を大きな先進産業国の中で初めて決めた意義があります。しかし、「緑の党」の支持者や環境関係団体から見れば、非常に不満な結論だといわれます。最終的には原発建設後32年を限度に廃棄する。また、古いのを早くやめれば、新しいものを32年よりも長く使えるなど、緩和措置が認められました。「緑の党」への支持は一時的に逃げています。

 第三に、エコロジー税制改革で、環境税の導入を行いましました。これも、大きな産業国では初めて、環境税の導入を決めた成果があります。しかし、これも支持者からいえば、あまりにも低い税率の環境税であって、効果が上がるのかは疑わしいという不満が残ります。今後どれだけの成果をあげるのかという検証の問題だと思います。エコ税制改革は、ドイツが最近行っている政策的な議論の一つ、政策統合の視点があります。

 これは、「緑の党」が有権者に対して、環境税の導入についても説得力を高める政策が必要ではないかと考えたといわれています。企業の経済活動が影響を受けると、企業の中からかなり反対論がありました。そのため、環境税の導入と同時に、年金分担金から環境税に見合う額を減額し、企業の負担を軽減する。企業はそれは投資にまわせる。雇用にもいい影響を及ぼすと、社会保障改革、あるいは雇用政策とのリンクが目指されました。

3.むすびに

 シュレーダー連立政権は、市民社会を活性化する政府という位置付けを行い、日本でいうNPOや市民活動の促進の議論がドイツにおいても盛んに行われています。しかし、有権者の目は厳しく、経済、雇用問題、社会保障改革、財政改革など、シュレーダー政権は実績をあげねばなりません。

 最大の課題の雇用問題は、シュレーダー政権が昨年の夏の段階で、ハーツ委員会という専門委員会により、400万人近い失業を半減させるという提案をしています。第2期の政権直後に立法化され、1月1日から実施されています。あとは、成果があがるかが、シュレーダー政権の第2期の大きな課題になるだろうと思います。

 また農業問題や食品の安全性の問題が、消費者保護、BSEなどの関係で注目されています。この担当大臣が、非常に人気のある、キューナストという緑の党の女性大臣で、成果をあげることが、「緑の党」にとっても重要だろうと思います。(つぼごうみのる)