TOP > 月例研究会

第15回月例研究会

希望の戦略:アメリカ帝国への対抗勢力の形成のために

問題提起者:武藤一羊(ピープルズ・プラン 共同代表)

2002年9月7日 17:00〜19:00

神奈川ネットワーク運動大会議室 (横浜市中区)


■今われわれはどこにいるのだろうか

 
 去年の9月11日から1年しか経っていませんが、アメリカはイラクに対する全面的な戦争を、国連や国際世論が何といおうと仕掛けフセイン政権を倒し、親米政権をつくると宣言しています。最初に言われていた「反テロ・報復戦争」でもなくなりました。テロリストを庇護する国家はテロリストと見なして攻撃するというのではない、悪の枢軸とレッテルを貼った国家を先制攻撃するという恐ろしい話です。これは国連憲章も国際法も屑篭にほうり込む侵略戦争そのものです。アメリカは、自分に盾突く国には先制的軍事攻撃を仕掛ける権利がある、とブッシュ氏は宣言しました。

■ポスト冷戦は「アメリカ帝国」の時代

 第二次大戦後の世界は、冷戦の時代と言われていて、世界は政治的、地理的、イデオロギー的に二つの対立する陣営に分かれ、米ソ対立を核に非常に険しい世界対立がありました。しかし、80年代末、冷戦が終わり、90年代初めにはその冷戦でアメリカの敵だったソ連が消滅してしまった。冷戦が終わった、さあ平和になる、「平和の配当」だという気分が生まれました。
 しかしそうはならなかった。「ポスト冷戦」はサダム・フセインのクエート軍事併合と、それに対するブッシュ・パパによる湾岸戦争という戦争で始まりました。戦争の時代として始まったのです。そして昨年(2001年)の9月11日以来の、いわゆる反テロ戦争の中で、この時代は全面的に姿を現わしたと私は考えています。それはどういう時代かというと、「アメリカ帝国の時代」と言えるかと思います。
 戦後世界は、アメリカが主導権をもって編成された世界です。アメリカは、世界市場が一つになっていて、その世界市場全体をアメリカが支配する、アメリカの商品、サービス、資本が自由にどこでも出入りできるような、そういう世界をつくりたかった。戦後世界はこの青写真で作られました。国連、ブレトンウッズ・システムと呼ばれる世界金融・開発機関などがその設計によってつくられた。アメリカのドルが基軸通貨とされ、アメリカは特権的な地位に立った。世界銀行、IMF(国際通貨基金)は、ドルが基軸だということの上に成り立っているわけです。それは、圧倒的な力をもつアメリカが全世界をまとめて支配するということです。しかし、この構想は十分に実現されたとは言えなかった。冷戦のせいで、アメリカの政治的支配力は「自由世界」と呼ばれた世界の半分にしか及ばなかった。90年代にソ連が崩壊して、アメリカは初めて全世界に支配力を獲得した、と感じたのです。その世界は、自由競争、自由市場、自由企業の支配する世界です。競争に打ち勝って利潤をあげることを原理にして編成される世界、つまり「新自由主義的グローバル化」が貫徹される世界です。それがアメリカの国益と呼ばれます。しかも南北問題や環境問題がまったく新しい社会の仕組みを要求している世界で、そうした支配を固める最終的な保証は力、軍事力です。
冷戦期にはアメリカに楯突く国家は先制攻撃で叩き潰すなどと口にできませんでした。ソ連の核反撃を招きうるからです。ところが、今アメリカに軍事的に敵対する国家はどこもない。したがって、アメリカの軍事には歯止めがきかなくなっているのです。米国の軍事費は4000億ドル、タイのGDPの3倍、中国のそれの4割です。政治的、道徳的に歯止めをかける以外に、限度がなくなっているのです。

■グローバリゼーションの第1段階―開発

 これらは一体「何のためにか」。そこが問題です。アメリカの資本主義は、野放図の資本主義です。企業が利益追求する自由がそのまま善なのです。“アメリカの夢”はサクセス(成功)という観念によって支えられていて、競争に勝ち抜いたものが偉い、そうでないものは劣っている、というものです。この考え方こそが最も優れているという哲学が、アメリカの覇権と結びついているわけです。90年代は、新自由主義的「グローバル化」の普遍化によってこの考え方が世界の公準になったときでした。この公準の破壊性こそがいま問われているのです。
 今日のグローバル化は一挙にではなく、ホップ・ステップ&ジャンプできたんです(笑い)。ホップは70年代です。このとき、「開発」が全世界に広まった。
 73年に産油国が原油価格引き上げの共同行動に出て、アラブの王様の懐にころがりこんだ莫大なお金はヨーロッパやアメリカ、日本などの銀行に預けられましたが、これらの銀行は、貸出し先を開拓しなければならない。そこで第三世界の政府に働きかけて、次から次へと巨大開発プロジェクトを考案して採択させ、貸しまくった。しかし、経済的地盤沈下を起こしていたアメリカはその後、金利をどんどん引き上げ、世界中に散ったドルをもう一回アメリカに集めました。その結果、メキシコやブラジル、アフリカ諸国、インドネシアなどアジア諸国はサラ金地獄に陥いり、利息さえ返済できなくなりました。これが80年代を襲った債務危機です。債務危機とは先進国の金融システムにとっての倒産の危機だったのです。

■グローバリゼーションの第2段階―SAPと規制撤廃

 そこで、IMF(国際通貨基金)と世界銀行が乗り出しました。借金国政府に圧力をかけて、貸し金と利子を取り立てられる条件づくりを始める。それを構造調整プログラム(SAP、サップ)といいます。借金返済のためにドルを稼がせる、そのためには輸出競争力をつけろ、通貨のレートを切り下げろ、予算均衡のためまず社会福祉、医療、教育の支出、公共支出をバッサリ切れ、社会サービスを私企業に渡せ、輸出競争力のある商品をつくるため外資を入れろ、そのため一切の外資規制、輸入制限などを撤廃しろ、ということです。
 その結果、たいへん悲惨な状況が起こりました。失業が急増し、農業が大打撃を受け、男は出稼ぎに行き、母子家庭が増え、ストリート・チルドレンが急増し、売春に行く女性が増え、ブラジルのように警察がストリート・チルドレンを殺しまくるといった社会的崩壊がいたるところで起こったのです。その反面、多国籍企業と結びついたエリート層や成り金が急速に膨張もするのです。
 しかし、第三世界だけではなかった。この80年代に、アメリカ、イギリスを中心に同じ考え方が政府によって採用され、貫徹されました。アメリカではレーガン、イギリスではサッチャーが、労働者との社会契約を一方的に破棄して、福祉をバンバン切り捨て、弱い産業をつぶしていった。イギリスでは矛先を石炭産業に向け、炭鉱をつぶした。それに抵抗する炭鉱労働者の運動を全部つぶした。アメリカでは、金持ち優遇の税制と福祉の切り捨てを徹底的にやって、ニューディール以来の労組との社会契約を破棄した。日本の場合、中曽根内閣は「国際化」という掛け声で特に対米経済摩擦との関連で同じプログラムを進めようとしましたが、米英に比べて不徹底でした。しかし国鉄民営化はまさに同じ思想と方針で強行されたわけです。それが、今日の「小泉構造改革」につながる路線の選択になりました。パブリックサービスは非能率、民間企業に任せればすべてよくなる、国鉄がトラック輸送に対抗できないのは労働者が権利を主張しているからだという論理です。宅配便の労働者が無権利状態で働かされていることはまったく問題にされませんでした。国鉄民営化の一番の狙いは国鉄労組をつぶすことにあったわけで、それは今日の労働者の惨澹たる権利剥奪状態への第一歩でした。
 南ではSAP、北では規制撤廃、市場自由化と私企業化。それらが、ワシントンにあるIMF、世界銀行、ホワイトハウスの総力をあげて推進されたことから、それを「ワシントン・コンセンサス」というようになりました。

■グローバリゼーションの第3段階―WTOの結成

 90年代、この考え方が全世界的に制度化されました。その集中的な姿がWTO(世界貿易機関)の結成です。これがジャンプでした。グローバル化はここで、全面的に世界に押し付けられるのです。WTOは強制力を持つ世界的権力機関で、北側の国が完全に牛耳っています。
 しかし第三世界諸国は、こうした先進国中心の動きになぜ反対しないか。それは、70年代、80年代の間に、世界のほとんどの国が、先進国市場に頼らなければ生きていけないような状態に入ってしまったからです。
 こうやってできたのはどういう秩序か。国連開発プログラム(UNDP)によると、2000年の世界のGDP格差は、人口の上位20%がGDP86%を占め、中位の60%が13%、下位の20%が1%しか占めていない。この格差は拡大しており、世界的な貧富の格差は1920年代に1:3であったものが、92年には1:72に開いています。このような格差を拡大する秩序を維持するということそれ自体が暴力的です。誰が見ても不正義、不当な秩序ですから、強制力によって初めて維持できるわけです。アメリカの軍事力はこの秩序を維持するための最終的な担保なのです。
しかし、インターネットの時代にそれは無理なことです。人々は世界で何が起こっているか、瞬時に分かってしまう。その中でこのような秩序を維持しようとしても、人々はもはや黙っていないのです。それでも黙らせようとするためには、アメリカと北は最終的には軍事的暴力を必要とするのです。

■正義と平和をともに獲得するための新しい運動

 かつては資本主義を社会主義で乗り越えるという考えが多くの人々を引き付けていました。しかし、それがなくなった。ソ連が崩壊したことで、20世紀の社会変革の夢が消えていく。抑圧的で不正な体制を全体として打ち破る見通しが失われたとき、排外主義が生まれます。上から下への暴力で維持されている構造を上に向けて正していくのではなく、暴力は手近な隣人に向けられます。こうして人種主義、各種の「原理主義」が広がります。だから、どうやって抑圧を減らし平等へと近づくか、強いもの勝ち、お金万能のシステムを克服して、環境の負担を減らしていくか、人類がこの地球上で生きていく道は何かを本当に考えなければいけない時がきています。「持続可能性」といいますが、これは今の世界は持続不可能と言っているわけです。
そのことに、ますます多くの人が気づいている。そして、世界的な運動が立ち上がってきた。私は99年のWTO閣僚会議に対するシアトルの大デモ以来、本格的に世界的な民衆運動が起こったと見ています。民衆運動がWTOの閣僚会議を流会に追い込んだのです。新自由主義的グローバル化が、宿命的ではなくて、自分たちの力で変えられる政治的プロセスだと私たちは気づいたのです。
 去年、今年と、ブラジルのポルトアレグレで、世界社会フォーラムが開かれて、8万人も集まりました。来年は1月にインドのハイデラバッドでアジア社会フォーラム、ポルトアレグレで世界社会フォーラムが予定されています。また8月末から9月初めにマニラで開かれたアジア平和連合(APA)という新しいアジアの平和運動の創立大会でも、アメリカの「反テロ」戦争とグローバリゼーションの関連がはっきりと指摘され、全員に共有されました。これだけの運動が、この体制全体に対していま起こっているわけです。それをどう広げるか。
 グローバリゼーションと戦争の体制をほんとうに乗り越えるためには、オルタナティブが必要です。それなしには世界は紛争で明け暮れるありさまになる。アメリカはそれに付け込んで「世界の警察官」に自分を任命して、世界中に命令を下す。われわれが、われわれ自身の問題を解決して、オルタナティブを持つようになれば、そのとき対抗の軸ができます。ポルトアレグレのスローガンは、「もう一つの世界は存在する!」というものでした。かつてサッチャーは、新自由主義だけが唯一の道、「オルタナティブはない」(There is no alternative)と言いました。略してTINA。しばらく前までは、NGOの間でも自嘲的にTINAが口にされていた。しかし今はそうではなくなった。しかし「もう一つの世界」の中味はまだ十分用意されているとはいえません。ですから、この参加型システム研究所などに私が期待しているのは、抵抗していく中で、それと結びついてもう一つの世界がもっとはっきり姿を現してくることです。抵抗が前提です。その抵抗の中に孕まれるオルタナティブな社会を、どう国境を超えたシステムに展開できるか。そういうことを、考えられる時期、考えなければならない時期に入ったと思っています。(拍手)


アジア平和連合(APA)

 昨年9月11日以降、米国が多くの国の政府の支持のもとに主導する「対テロ戦争」は、永続化の気配をみせていますが、アジアの平和に対する脅威となっています。このような状況に危機感をもった平和を願うアジアの市民のグループが、平和を真剣に追求する民衆の平和連帯運動をつくろうと、2002年8月29日から9月1日までフィリピン・ケソン市において、「カリーナウ:アジアの民衆は平和のために声をあげる!」をテーマに発足会議を行ない、APAを設立しました。この会議には16カ国140名が参加、武藤さんはAPA運営委員です。以下に、APA設立総会宣言を掲載(抄録)いたします。

APA設立総会宣言

アジアにおける平和への闘い 私たち、アジア各地における団体の代表、また個人は、アジアにおける数多くの子どもたち、女たち、男たちの命を奪い、巻き添えにしている「グローバルな反テロ戦争」に怒りと不安を抱きつつ、現在進行中の悲劇を逆転させ、困難を抱えるアジアの地に平和をもたらす事をめざして、アジア平和連合を設立するため、マニラに集まりました。(略)
 戦争は、アジア全域において、人権と民主的自由への攻撃と結びついて進められています。(略)
平和と正義は密接に絡み合っています。少数者に対する民族的、宗教的、文化的な差別がなくならない限り、また抑圧された民衆集団が自決権を行使できるようにならない限り、アジアが平和を味わうことはないでしょう。(略)
私たちが支持するに足る平和プログラムには、以下の中心的な構成要素が含まれなければなりません。すなわち、IMF、世界銀行、アジア開発銀行による構造調整プログラム(現在、「貧困削減戦略プログラム」という婉曲表現が使われています)の停止、アジア諸国の対外債務帳消し、世界貿易機関(WTO)への関与の停止、多国籍企業活動の規制、農地改革の実施、資産と所得の有意義な再分配の断行などです。持続可能な平和は、企業主導のグローバル化を終わらせることにかかっています。持続可能な平和は、以下の原則に従う活気ある経済構造を基礎にしてはじめて、構築することができます。すなわち、国内市場指向の成長、相対的な社会的公正さ、分権的生産、そして、不平等な関係を制度化するのではなく貿易相手国の能力を高める国際貿易などです。さらに、持続可能な平和にとって決定的に重要なのは、環境にやさしい生産、分配、交換システムを構築することです。(略)
 軍国主義的、国家主義的、男性中心主義的理論と「国家安全保障」や「国際安全保障」に基づく支配的な体制を、非軍事化し、平和を愛し、フェミニズムを支持する普遍的で民衆中心の体制によって置き換えなければならないのです。
私たちは、平和への私たちの熱い思いを分かち合える、米国を含めた他地域の無数の個人、団体、ネットワークとの連携を求めます。一緒に行動することで、私たちの努力が、正義、平等、エコロジー的調和、そして軍国主義と家父長制の否定に根ざす、そのような平和に、私たちをいっそう近づけてくれると、私たちは確信しています。(略)