●6月3日(土)午後3時から5時
●神奈川ネットワーク運動3F大会議室(横浜市中区)
日本では産業を成り立たせることによって国を富ませるという、明治以来の考え方がずっと生きていて、都市整備といっても産業に関する都市整備を中心にやってきた。そのことによって、 「政・財・官の鉄のトライアングル」や族議員の利権政治が生まれています。これが日本の政治のとても大きな特徴です。ここから「生活基盤整備政策」が非常に遅れてしまったのが、豊かさの実感の乏しい日本を特徴づけていると思います。
もうひとつ、日本のもっている特徴は、寄付社会ではなくその文化がないということです。つまり、税金に対する精神的依存度が非常に高く、市民社会が非常に弱い。そして個人が寄付をしないから、政治をつくるためには企業・団体の政治献金をはびこらせざるを得なかった。そしてこれが1番目の「政・財・官の鉄のトライアングル」や「族議員」を生んでいることを忘れては、日本で政治は語れません。
そして世襲の政治が行なわている。それは利権の政治が相続されることであって、後援会型政治と一体であるということです。今はもうまるっきり二世議員の政治があたり前です。二世の人の方が元気なんです。親から継いだ選挙基盤があって、その上に別 の自分の支持者を集めればいいわけですから、若者や新しい人に訴える自分の政策を打つのは容易であって、自ずと支持層が広がるわけですから、当然、世襲の人の方が元気なわけです。
そしてよく政策を考えないのは、考えないのか、考えなくてすむからなのか、これはよくわかりませんが、とにかく官僚が「政治」をしてきたというクセです。官僚は中央で「政治」をするだけではなくて、自治体も官僚主導で、自治体職員に行政指導的な「政治」をやらせる。もしくは、自治体議員が政策をつくらないから行政指導型の政治がはびこることになる。
国と地方、官僚と政治家、官僚と市民、市民と政治、日本の政治とそのシステムは不信感がぐるぐる回っています。巨大な不信感でサイクルしているというのが日本の政治の特徴だと思います。このところ面 白いのは、今まで勝っていたのが官僚だったが、最近官僚が負け始めたということです。
そのこともあって、政党は「政策なき集団」となって、利権か選挙によって結束をしている。これが実は日本の政党で、地方自治体にある政党支部でもまったく同じです。省力化できてありがたいことに神奈川の民主党をみているとよくわかるのです。私たちは政党に政策がないということは、民主党でしっかり学ばせていただきました。
「行政の政治化」、 「政治の行政化」という根深いクセもあります。議会をコントロールしているのは議員ではなく、ほとんど行政で、その証拠に議員たちは委員会とか本会議で官僚に「要望を申し上げます。よろしくお願いします。いろいろとありがとうございます」と、頭を何回も下げる。議員の側が行政に「こういう政策を、こういう計画をつくってください」と課題づくりをお願いしています。
もう一つは、選挙による政権交代が不足しているのに、首相や内閣の交代が激しいということです。首相の交代がすごく短くて激しいですから、長期的なビジョンは官僚の手にあるということで、政治家にとって立てにくい力関係にあるのも、日本の政治の特徴です。
省庁縦割りは、みなさんご存知の通りです。自治体も縦割りになっていて頭が痛いのです。自治体の中で最も嫌われるセクションは、企画部です。企画部が立てる仕事は、担当者にとっては迷惑なんです。逆にいえば、担当者がやりたくない仕事は企画部に持っていって、計画書にしてもらう。企画部はもちろんエリートコースではあるけれど、エリートであるからこそ逆にまた現場から嫌われる関係なので、自治体組織の中に連携なんていう言葉はほとんどありません。
もうひとつ日本の特徴は、第3セクターの失敗です。これはたぶん、元々はヨーロッパとかアメリカのサードセクターのイメージを狙ったんだと思いますが、残念ながら日本の中にサードセクターを学習する能力もなければ、育成する力もなかった。ただ、天下り人事、定年退職後の行き先をつくるという意味では成功していますが、やっといま批判が出てきているところです。 市民が政治は大嫌いといいながら、実はものすごい人数が政治団体のメンバーになっている。しかし自分が政治団体のメンバーになっている自覚はほとんどないままです。一方、あらゆる団体で、生協とNPOのみ政治活動禁止といったのは、いい過ぎですが、ほとんどそれに近いと思ってください。民間事業者だけではなく、中間組織といわれている医師会とか、いろいろな業界、連合会団体は、ほとんど政治連盟をつくっていて、元々組織の人たちが政治連盟の会員に黙ってなっているという関係です。その人たちの大勢が政治嫌いといっていて、自分がそこに属していることに気が付かないという、変な利益社会です。しかも、この多くの政治連盟が自民党と結びつき、役所と結びついているのが実態です。
これだけの日本政治の元で、神奈川で政治をする私たちは、神奈川の政治の特徴をちゃんと掴まなければいけない。私たちにわかりやすい特徴は、新しい政治を受け入れていく市民層がかなり厚くあるんだということです。神奈川は革新自治体、首長をずっと生んできました。とはいえ、天下の横浜でもたかだか歴史百年です。日本の他の都市は、県庁所在地みたいなところは長い歴史をもっています。しかし、なんせ天下の横浜が歴史がないわけですから、歴史でものは考えないという市民層になってしまっているんじゃないかと思います。
そしてもうひとつ、神奈川都民というように、とくに川崎、横浜のサラリーマンは、ほとんど都民の感覚で生きているということです。また、神奈川都民があるからですが、M(エム)字曲線のギャップは日本一です。
そして、神奈川では革新自治体がダッと生まれて、ザッと衰退していきました。本当は自治体というのは市民、議会、首長の三者の連携であるわけですが、首長が行政の力を借りて請負の革新自治体をやっていただけであって、市民や議会がそこに加わっていたわけです。
こうしたことの分析なくして、ローカルパーティの存在はあり得ないわけです。そこで「神奈川ネットワーク運動」のありかたに入っていきます。
NETは、よくも悪くも市民の政治参加、そして責任のあり方で日本の政治を変えます。日本の、といっては大きすぎますが、自分の住み暮らす町の政治のあり方を「つくり・かえる」ということです。まさに市民が参加したらよくなるという話ではない。悪くもなりますよ。そのことも受け入れるんだというのが私たちの「参加型政治」です。
それから「生活者政治」です。少子高齢社会とか、女性の地位 向上とか、子どもたちの置かれているポジション改革とか、環境とか都市の生活空間のあり方も「生活基盤整備」政策のイメージから、 「産業基盤整備」政策を批判できるようになりました。批判がイメージできるようになったぐらい、私たちの主張も広がってきたし、当然社会がそれを要求するようになったと思います。
神奈川ネットワーク運動の政治手法は、 「つくり・かえる」。世の中でいう「つくりかえる」とは違います。未来の政策モデルは自分たちで実践してつくってみる。そのことによって、制度や社会を変えていこうということで、いまワーカーズづくりをしていることなどが、そうです。
女性たちの政治参加もパーセンテージからいったら、見事に低いのですが、この重要性はだんだんわかってきているわけです。ここまでは、かなりネットが頑張ってきたが、ネットだけがやってきたんじゃなくて、時代の中でネットが目指してきたテーマと同時進行で、日本型市民社会の変化を引き起こしてきたと思います。
そしてもうひとつ、自治体の自治力を高めるというテーマも重要です。全国で自治力のある首長がだんだん出てきました。また、市民の政治不信を払拭するためには、公開型の政治をするということも、取り上げられてきているわけです。ネットが政治理念とし、政治手法としてきた参加型システムテーマは、確実に世の中に浸透して、時代にモデルを提示しながら変革の契機となってきた。まさに「つくり・かえて」きたのです。
6年前から神奈川ネットワーク運動は、かなりのピッチで政策研究会をつくって、しかもそれが単に政策ではなくて、政策・制度づくりのテーマで、かつ制度を変える議員提案で条例をつくることまで、目指してきました。
新しい公・共圏をつくる政策・制度研究会、参加型福祉政策・制度研究会、条例研究会、構造改革研究会、持続可能な環境をつくる政策・制度研究会、こういう多様な政策研究会の内容は、国はともかく、これから分権・自治システムといったときに自治体で本気で向かい合わなければいけないこれらの政策・制度づくりをねらってきています。
最後のテーマで、ローカルパーティは国との関係をどうするのかについて、ずっと聞かれ続けましたが、やっと最近マスコミにも、こちらも整理して提案できるようになった。ローカルパーティは、自分では国政にチャレンジしませんよ。しかしチャレンジしないというのは、国会議員を出しませんよということだけではなく、先ほどいったような政策研究会をローカルでやってみると山のように、国の政策がいっぱい入っています。しかし私たちは、自分たちの自治体の政治や、生活に関わる政策というのは、しっかりパーティとして出していくけれど、国の外交・防衛とか経済調整、交通 や通信の体系という大きな本来国政府の戦略にまつわる政策などは、自信を持ってネットとして政策化し、それを打ち出すことはできない。つまり、議員を出すのが政党の目的ではなくて、政策をつくり社会問題を解決に導くのが政治なんだとすれば、NETは国会議員の候補者をいつだって出せます。しかしより重要な政治テーマは議員に請け負わせるのではなく、国の政策をしっかり出して、政治契約して役割分担するということです。
そして神奈川ネットワーク運動は、市民政策を通 して世の中にイニシアチブを取ってきて、ローカルパーティ論という政治理念も生きて浸透してきましたが、止まることはできません。
2001年、神奈川ネットワーク運動の課題は、まだまだ「条例提案」では序の口です。条例提案できる議員たちは世の中に少ないわけで、ネットはそれなりの相談相手にならなければいけないわけですから、もうちょっと経験を積めば力もついてくるかと思います。市民政策実現を本気で実践する「市民事業(W.Co)つくり」も、まだまだ範囲を拡げてやっていかなければいけないと思います。市民事業、NPOを一つつくると、法律も制度もよく覚えます。政治を学ぶためにも市民政策を実現するためにも、相互牽制ができてたいへん役に立つと思っております。
そして今つくって提案しているのが「市民社会チャレンジ基金」です。これもやっと動き始めましたが、動く前から評価が高くて困っています。専門家の評価が高くて、まだ一度も動いていないのに、市民政策フォーラムで発表してくれと言われて、あわてていまレジュメをつくったところです。そして基金は、市民社会の自然発生的変化に対して、政治も行政も置いてけぼりにしてしまっている未着手の課題について、セイフティネットをつくるテーマを支援していきます。 「化学物質過敏症支援センター」 「多重債務者救済やホームレス支援のNPO」 「女性・人権センター」 「福祉NPO事業センター」などがそれです。
さて最後にこれは実績や数値で語るものではないのですが、政治団体は日常的に課題解決に立ち向かっています。政策論とか組織論をもって自らを点検・評価する力は、日常に起きている事件やストレスに対して、そこにある主体的弱点をどう克服して、どうプラスにしていけるか、危機管理や自主管理力がなくてはローカルパーティとしては機能しないと思っていくつか挙げました。
パーティは政治戦略や理念で結びついているわけですから、少しでも隙間が入ったら、いつでも壊れてしまう。人間の信念や情熱を元に信頼で結びついているのは、いつでも外から投げこまれた不信感要因に対する強さを持たなければいけないということです。なんといっても一番が、 「派閥をつくらない」こと、二番が官僚主義に陥らないことです。今やっているテーマは「情報を重層的にだして活動やお金の状態を公開する」。それが「メンバー一人ひとりの信頼性を高める」ということになります。もうひとつ、 「リーダーは現場に出向く」ということです。これが情報チャンネルが重層的になり、風聞を抑え、人間の信頼関係が高まることだと思っております。それから、 リーダーは「政治情勢と力関係の分析を怠らない」。いつも政治が後手に回ってはいけませんから、情勢を分析する努力をするということ。新聞にこう書いてあった事を知るだけではなく、だからそれは何なんだまでが言えるようにする。それから「情報の裏をとる」ということ。
また派閥をいましめることと同じですが、 「組織の私物化・官僚化を防ぐ」ということです。NET組織を私物化し危うくしたのは、情報をシャットアウトして占有し、都合のいい情報に組替えるという動きです。これは今までたくさん経験がありました。だから情報を重層的に出すようにしております。官僚化を防ぐということでは、どうしても事務所にいる専従やトップが情報の中心点になりますから、逆に事務局を、2期4年を一ポジションと限ってきました。これはいつも事務局がアマチュアに止まってしまうということですが、それをカバーするのはメンバーがスタッフに全部預けないことだと、官僚化を防ぐ努力もしてきました。また、 「組織のオルガナイザーを育成する」テーマで、人間の信頼関係の核を多様にネットワークし、組織の私物化や情報操作を防いでいます。
そして「2期8年のローテーション」をほったらかさない。つまり議員が交代するだけでなく、議員がポジションを変えるという意味で、議員だけやって終わりじゃないんですよと。これもやっとできるようになりました。
そして、 「政策をつくれる議員とメンバーを育成する」という意味では、研究会をたくさんやって、少しずつ高まってきていると思います。
「参加型政治」を支援する専門家のネットワークづくり、各研究会や政治スクールにたくさんの専門家が来てくださっています。そして、ローカルパーティ情報をいろいろな方に送ってNETの運動を知っていただく。
「マスコミとの情報交換」も定期的に行ないます。マスコミに書かれたものは大勢の人が見て、そっちの情報の方が正しいと読みとりがちですから、そこに出されるものが誤らないようにという配慮です。
日常的な課題をどう解決するかをリードし実践するのが、実はローカルパーティです。こうした努力が、日々必要だと思ってこの17年試行錯誤を繰り返しています。
文責:編集室