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第1回月例研究会 

横田克巳(参加型システム研究所)

●日時:3月3日(土)午後5時から7時

●場所:神奈川NET事務所大会議室


 元来、生活クラブ運動は、参加型システム、参加型福祉、参加型政治というように、「参加型」という言葉を使ってきました。しかし、よく考えてみると参加型システムがどう定義されているのか、あるいはどう定義しようとしているのかにはなかなか思いが至らず、参加型システムのもっている必然性あるいは蓋然性がなかなか普及しないままにきたと思います。横山先生によれば横のものを縦にするくらい大変なテーマということですが、私は縦のものを横にしたいと思っております。この資本制の世の中というのはあらゆる関係性を縦軸に整理統合していく力をもっている。その力に対して我々は、横糸を編んで市民の絆を強めていこうとしてきたわけです。

 そこで、もう少し現代の常識的な世界を参加型の立場から見直してみる必要があるだろう。そのときキーになるテーマはなんだろうかと考えてみました。

 200年前に市民革命が起こって、人々の自由、平等、友愛(博愛、あるいは兄弟愛)といった理念が社会の中心にすわったのですが、同時に新しい経済や社会の現象が起こりました。例えば経済では、それまでは農業生産力が基礎で、物々交換が日常のような助け合いの経済関係が社会の中心にあり、貨幣経済は周辺にあった。しかし、すぐにそれは壊れて、商品生産者が台頭して、国が紙幣を大量 印刷するようになり、貨幣経済が真ん中にすわって都市生活が当り前になる。こうして資本制社会が形成されて、そのなれの果 てとして男女の性別役割分業とか、貧富の差が拡大をしてきたわけです。

 今、この200年続いてきた「人間的自由」をいろいろな意味で開発してきた資本制社会が、さまざまな局面 で崩壊を始めている。しかし崩壊をした後の受け皿はどうかというと、誰も自信をもって語れない。それは崩壊させる主体性が育っていないということだと思うのです。

 その受け皿について我々は市民の参加と責任に基づいて応分に用意をし問題解決力を高めることを考えながら、生活クラブ運動を進めてきた。

 そこで経験的にわかったことは、「市民」を考えるときに、くっついている質的ファクターが「市民主権」にあるということです。その一方に「国主権」がある。「主権」というのは「殺すことができる権利」という言い方をする人がいますが、つまり活殺自在権、生かすも殺すも自由な権利である。王様が闘技場で奴隷を戦わせて目の前で合法的な人殺しをする。あるいは、江戸時代の将軍綱吉の「生類哀れみの令」、−おふれ一つで犬猫をいじめた奴は首をはねる−こういうことが主権だと思うんです。こうした「主権」のもつ危険性に対して、市民が反乱した。大勢の人々が主権をもって権力をつくる、これが市民主権ではないだろうかと。だから国主権に対して市民主権と、二つの主権が分裂をすることによって資本制社会は生まれたんだと考えます。

 そうするとその主権、つまり活殺自在権はいろんな作用をしてきて、資本制システムが稼動するに従い社会の分裂過程を推進してきた。国家と市民という相対する関係の分裂を深め、政治社会と市民社会の分裂が加速度的に広まる。そして民主主義においては、間接民主主義と直接民主主義が制度的にも組織の実態の中でも分裂をする。経済社会では商品、貨幣が中心に坐って、市場が大きくなるに従って使用価値と商品価値が分裂していく。 生産と消費の分裂。例えば生活クラブ生協が小さい購買力を結集して、その結集した力で生産者と交渉して抑圧して従わせない限り、自分たちの言い分は通 らない。考えてみれば生産者側が市場を通して上流から下流に流し込み、受動的に購買力が発動して商品を買い取る流れに対して、生活クラブ生協はその逆、下流から上流を逆規定したわけです。生産と消費の分裂を下流から統一した。商品ではなく「消費材」と自分たちの材を規定して、商品価値ではなくて使用価値の実現であるといってきたことは、生活クラブ運動の象徴的な理論問題の一つです。自分たちの作った社会的権力、要するに生産者を抑圧できる権力、あるいは使用価値を実現する課題を解くための権力=問題解決力を身につけてきたわけです。

 このように資本制システムは、自ずと主権が分裂していく性質をもっているのではないか。ではその分裂が進んでしまう原因は、一体どこにあるのか。人間にとって合理性の実現であり、「自由」を獲得する過程にあったのではないでしょうか。国家の統治としての合理性、あるいは産業資本の利潤獲得の合理性という自在性を手にするこだわりです。そして民主主義の仕組みをつくって人々は、「人間的自由」という価値を手にしようとしてきました。

 この200年の歴史の中でみると、最初に自由を獲得したのは産業資本家たちでした。産業革命後、資本が大きくなるに従って、人を雇い商品市場をつくり利潤を獲得する。そのことによって、新しい自由、社会をコントロールして自分に都合のいい社会をつくる、政治のシステムもそう組み替えてきた、こうして第一段階として、産業資本は自由を獲得できた。

 それに対して、産業資本が自由を、いわゆる活殺自在権を強めるほどに、労働者の条件、雇用されて働くということの労働や生存の条件が劣悪になって、生きるか死ぬ かぎりぎりまで働かされる。イギリスでは機械うち壊し運動など、さまざまな闘いが起こって、その結果 、例えば「10時間法」とか、労働条件や安全あるいは生存に関するさまざまな法律がつくられてきた。これは産業資本が獲得した自由に対して戦いを挑んで、労働者がむしりとった。切りとった分だけ労働者は自由を獲得した、と言えるわけです。それは同時に、労働者あるいは市民としての主権を確立してくる過程でもあったわけです。

 このように、資本と労働の間で自由を分け合うという関係が長く続くわけですが、第二次世界大戦後の物質文明の発展によって、人々は自分の個人資源を自由に活用できるようになってきた。その結果 、自由時間の増大が大きなファクターとなってきました。雇用契約労働というのは、雇用主が用意した労働のプログラムによって働かざるを得ない。そして作り上げた価値物は、自分の所有物にならないから、雇用労働は「疎外された労働」だといわれてきた。「疎外された労働」は、自分の価値物を所有できない、よそよそしい自分を作り上げてしまうわけですが、そこから脱出して契約労働時間以外の自分、あるいは生活について自在性を持てるようになった。個人資源を経済の発展過程で手にして自由に活用できるようになったのが、今の日本や西欧の社会だといえるでしょう。 

 そうすると当然、雇用契約関係以外に、政府との契約が出てくるわけで、雇用契約時間以外の自由時間で政府、行政との関係、要するに「税の支払者」として契約している関係というのが際立ってくる。ここに、市民運動が生まれ政治への参加という自由が含まれてくる。産業資本の自由から労働者の自由へ、ついで三番目に「市民的自由」の結果 でもある団結権を得、市民的ふるまいの自由を確定できるようになった。では、その「市民的自由」というテーマをヨーロッパではどうしてきたか、法律や枠組みとして社会的に創出し、保全してきたか、日本ではどう立ち遅れたのかが、問われると思います。

 日本では、60年代以来、市民運動をベースに「市民的自由」は拡大の一途をたどりました。それがなぜ、日本では早くに法律や制度にならなかったのだろうか。要するに、 「市民的自由」に対する自覚、要求、あるいは市民政策、これらが貧しかった。その理由としてあげられるのは、第二次世界大戦で生産力が破壊され、生存することすら危うかった時代が長く続いたため、戦後復興に努力した人たちがその体験を引きずって、まず経済的な条件を確立する。「食える」を第一条件に、労働組合が「春闘」をつくり、国民経済の内側でどう自由を拡大するか、が常に中心課題になったわけです。教育も国民教育であり、象徴的な関係性といえば、人々を呼ぶときの言葉が国民、県民、町、村、市民と、要するに行政の枠組みにつき従う人々ととらえているわけです。  ですから、世界で言われているピープルとか、シチズンとか、シュトアイアンとかという主体概念が日本では非常に希薄であり、その主体概念のコアにある主権へのこだわりがますます希薄になる。日本では、「市民」という概念を赤子の手をひねるように「国民」に置き換えた、翻訳ひとつで何億もの人を抑圧できた国で、国のもつ主権の強さを感じます。そこに、いわゆる「市民的自由」がなかなか獲得できない根拠があります。

 問題は、日本の政治の避けられない体質に対して大多数の人々が無関心になるように、政財会のリーダーシップで望ましい秩序を作り上げたということです。この傾向は、市民社会の多様化、多元化に従って、政府、議会、行政という権力三点セットが請負型にシフトしていく政治を造成してきました。人々は、 「経済合理性」を追究し過ぎたというより、権力への白紙委任による請負のシステムが強すぎたために、市民がよりよく存在するための政治が非常にあいまいになっている。

 市民生活が豊かさを手にしていくためには、どうしてももう片方に「福祉合理性」、幸せを担保できる合理性が必要なわけで、資本制システムでは、 「経済合理性」と「福祉合理性」が矛盾をして対抗関係にある。

 この「福祉合理性」をつくりあげていくプログラムが日本ではなかなか社会化しません。その原因の一つは、権力三点セットの請負が強いところにあり、市民の個人資源を活用してつくりだす価値や問題解決の持続力が、請負型の政治行政システムによって断ち切られていく。

 ヨーロッパは2度のオイルショックを契機に政治が資本と労働をたしなめて、避けられない倒産や失業の増大に対して、賃上げ抑制、労働時間短縮でワークシェアリングする方向にいったわけです。ここには、市民がいて、市民の幸せについて政治が責任を持つ仕方を提案したと思うんです。一方日本は、産業構造の転換が避けられないのに、世界市場の中でコスト競争に勝てばよい、それには現状を長時間労働に依拠し時間あたりのコストさえ下げれば勝てるという産業政策を強要して、結局、政治が社会の構造転換をリードすることを放棄させた。構想自体がなかったこともあるが、放棄をさせたのは田中角栄でした。

 日本社会は、あきらかに、産業資本の持つ合理性によって全体が引きずられてきた。政治システムもそれにつれて合理化されたといえますが、それでは、一体どうすればいいのか。

価値の生産過程には必ず労働力が投入される。この労働の中には、分業と協業の側面 が同時に入っているわけです。しかし、フォードがつくりあげた大量生産のシステムは、スピードがあってポカが少なくコストが低いという生産の合理化に成功したわけですが、一方で労働者をベルトコンベアのスピードにあわせて働かせ、 「協業」を断ち切った。労働のプログラムは詳細になりトータルな制御が必要になるが、大きな商品価値を保全する。このマスプロによる人間の高度管理システムが確立したというわけです。

 このシステムを通して人々が豊かになった。これはフォードの車を、それを作った人々が買えるようになったという点で革命的だったわけです。しかし、その革命が「福祉合理性」につながったかどうか。人々が「協業」する絆が断ち切られてプロが大量 に生まれ、プロでないと問題が解決できないという仕組みが一般化します。そこでも大きなプロとアマの分裂が起こり、男と女の分裂が起こる。そして人間自身までが分裂する。 「阻害された労働」がきつくなる。自分がつくった物やサービスのすべてを市場から買い戻すようになり、知的労働と肉体労働が分裂する。

 そういう関係に慣れてしまったわけで、そんなに時間はかからなかった。そういう意味で市民社会をドライブさせていくエンジン部分が産業システムだとするならば、政治・行政システムは社会の制御に関して税を結集し、税によって産業を支援し、制御して社会の管理、自治を強める「公的税金セクター」が大きくなってきた。これが二つのセクターをつくって、それぞれ資本主義体制の性格を規定してきたと思うんです。

 マーケットが大きくなると、マーケッティングリサーチによって生産計画や投資計画をしなければならない。それを可能にする手法がPR、HR、いわゆるパブリックリレーション、あるいはヒューマンリレーションです。さらには、QC運動や自己評価の人事評価システム、グループ生産性を測定することによって、報奨金を与えるという企業内参加型のシステムが開発されていきました。そして、企業内参加システムに呼応して力量 を発揮したのが、実は団塊世代の男たちだったわけです。そうした一方で、日本の経済社会を根底からつくりあげた男たちの妻たちが、生活クラブ運動の主体を担ってきた。男たちは労働者として自由時間をほとんどもたなかったが、性別 役割分業が強くなって、女性たちは自由時間をもつことができて地域での裁量権が増えた。 そのことが、生活クラブ生協などの参加型の運動を可能にしてきた。そういう主体的かつ客観的事情がなければ今日の運動はなかったと思うんです。

 日本では、日暮れて道遠しの感もあるけれども、 「参加型システム」の実態モデルがなければ、これまで話してきたカウンターパワーの拡がりを実体化できないわけです。オルタナティブやカウンターカルチャー、こうした「市民的自由」を拡大するための様々な概念や手段はどういう条件があれば社会化するかということを考えると、少なくとも、政治と行政の軸が市民の側に移ってこなければならない。

 市民政策に基づいて「市民がつくるパブリック」=市民が公共性の担い手として、自分たちが担ったほうがよりいいんだと、セクター間で役割分担ができる。全てを担うわけにはいかないし、どの程度かということもよくわかりませんが、地域社会への参加、行政への参加、政治への参加のレベルは非常に多様にあります。21世紀には市民の「参加と責任を増大する」ことによって問題を解決する手法を政策骨子にすえてふるまうことのできる政府が必要不可欠になります。それを称して「市民の政府」といいたいわけです。

 恐らく、この根底には労働時間の短縮、自由時間の増大が不可欠で、参加の形態としては、大ざっぱにいって5つ、労働参加、社会参加、政治参加、経済への参加、行政参加ですが、それぞれに参加のあり様というものをモデル化していくことが大事だと考えます。そういう意味で「参加型システム」を定義するというテーマは容易なことではないわけですが、参加型システム研究所とすれば、どんな困難があってもその定義をしてその意味を社会化していきたいと考えています。

                                   −文責:編集室−


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